ナゴヤ球場は、いま
東海ラジオ放送 報道部 アナウンス課 大澤 広樹
プロ野球、中日ドラゴンズの本拠地としてファンに愛されてきたナゴヤ球場が、表舞台を去って5年が経過しました。
スタンドや照明灯が取り壊されていく様子を、周辺や住民や関係者はどんな思いで見つめているのか、そしてナゴヤ球場は現在どう利用されているのか、なお生き続けるナゴヤ球場を紹介したいと思い、企画しました。
取材をしていても、みなさん熱心に語ってくださり、改めてナゴヤ球場の魅力を確認しました。
東海ラジオ放送 報道部 アナウンス課 大澤 広樹
プロ野球、中日ドラゴンズの本拠地としてファンに愛されてきたナゴヤ球場が、表舞台を去って5年が経過しました。
スタンドや照明灯が取り壊されていく様子を、周辺や住民や関係者はどんな思いで見つめているのか、そしてナゴヤ球場は現在どう利用されているのか、なお生き続けるナゴヤ球場を紹介したいと思い、企画しました。
取材をしていても、みなさん熱心に語ってくださり、改めてナゴヤ球場の魅力を確認しました。
中国放送 ラジオ局 ラジオ制作部 亀井 弘龍
競馬が誕生した国で「馬の神様」とよばれる職人がいます。鉄で出来た馬の靴とも言える蹄鉄をつくる「装蹄師」の中で優秀な職人だけがこう呼ばれるそうです。
日本で「馬の神様」と呼ばれる装蹄師、福永 守さん(73歳)。今年で装蹄師として丸50年を迎えました。
15年前に、第一線から退いた後、故郷世羅西町で「福永装蹄治療牧場」を開業、県内外から集まる装蹄師の卵たちとともに現役です。
そんな福永さんに、「馬の足」のことだけを考え、修行してきた50年間を振り返っていただきました。
南日本放送 報道制作本部 ラジオ制作部 宮川 由紀江
児童文学作家の斉藤きみ子さんは、鹿児島県の甑島、里村に住んでいる。結婚後、きみ子さんは静岡で保育園とコーヒー専門店を経営し、家族すれ違いの忙しい毎日を送っていた。
しかし、家族についてもっと本覚的なものを考えようと22年前、この里村に引っ越してきた。里村はきみ子さんのご両親の出身地で、人口1500人ほどの小さな村。伝統的な行事も残っている。その一つに村ずもうがある。
子供たちによるこの村ずもうは、村の大人たちが子供を見守り、また育てる場にもなっていることに、きみ子さんは気付く。また、甑島には海も山も近くにあり、自然豊かな島。
執筆活動の合間に自宅近くの自然の中を散策し、いろいろな植物や動物に出会うのがきみ子さんの楽しみである。そして、動植物の小さい世界に触れることや、自然の中で過ごすことが、童話を書くきみ子さんのアイディアの源になっている。
甑島で見たものや聞いたもの全てが、きみ子さんの創作活動を支えている。
京都放送 ラジオ制作部 矢谷 朋子
別の番組で今回出演いただいた髙木さんとお話する機会があり、「清水焼きを後世に残したい」という熱い思いを伺い、番組に取り上げたいと企画しました。
しかし、焼き物はわれやすいため、あまり大きな音がでるような場面がなく悪戦苦闘。雰囲気が伝わればうれしいのですが…。
大分放送 ラジオ制作部 園田 理恵子
大分県佐賀関町に「飾りヒョウタン」作りの名人・比永孝一じいちゃん(84)が住んでいる。
ヒョウタン作りを始めたのは16年程前。稲作やイチゴ・メロン栽培をする農家だったが、腰を痛めたためにヒョウタン栽培を始めた。
ヒョウタンは一つとして同じ形はなく、その自然な形を生かしてなにかを作ろうと工夫を重ねていった。軒に吊るさず、畑に千成・百成・だるまひょうたんなどを植え、地に這わせてわざと雑種を栽培。
そうすると自然に変形ヒョウタンが誕生するらしい。
周囲から「作品鑑賞や展示即売をするヒョウタン祭りを開いては」と勧められ、毎年成人式の連休に開催するようになった。指導している地区の人や小学生の作品を中心に展示・即売、振る舞いのお酒やお料理など、年々評判となり、県外からも団体で訪れるくらいのお祭りになっている。
長生き・元気の源が“お酒”に始まったひょうたん作り。少しずつだが地元の子供たちに受け継がれようとしている様子や高齢にも係わらず、今なお製作意欲の旺盛なおじいちゃんの姿を伝えたい。
山形放送 ラジオ制作部 松浦 正登
高級手織り絨毯の産地として、全国に知られる山形県の山辺町(やまのべまち)。かって手織り作業の際、織り子さんたちに歌われていた唄があった。
いつしか時代とともに忘れられ、今では歌われなくなってしまっていた。
“絨毯の唄があったようだ”との話を聞きつけ関係者を取材するうちに、その歌詞に込められた歴史もあきらかになってきた。
当時の楽譜など残っておらず関係者の記憶を頼りに幻の唄が再現され、蘇った。
RKB毎日放送 ラジオ制作部 永渕 秀昭
福岡県八女市山内地区の童男山(どうなんさん)古墳前では、毎年正月の二十日に、恒例行事として「童男山ふすべ」が行われる。ふすべとは焚き火のことだ。
紀元前3世紀の末、秦の始皇帝の命で、不老不死の薬を求めて蓬莱国(日本)を目指して航海の途中に、嵐で難破し、山内に打ち上げられた徐福を、土地の人々が、ふすべで体を温めて介抱したという言い伝えに基づいて、江戸時代から行われてきた行事だ。(戦争で一時中断し、戦後復活)
行事の内容としては、徐福を助けた祖先の物語の紙芝居を小学生たちが上演し、地元の保存会の人が小学生たちに、この物語に託された先人の教えを語る。
番組ではこの伝統行事を通して、地元の人々の故郷の歴史への思いを、ドキュメンタリードラマ形式で描く。
*こぼれ話
この行事をきっかけに昨年から、中国の徐福村との国際交流が始まっています。H14年の当日も中国から関係者を招いての「徐福シンポジウム」の開催が予定されています。
南海放送 ラジオセンター 戒田 節子
47年ぶりに「坊ちゃん列車」が復元され、松山市内を走っています。
これは、明治21年に、日本初の軽便鉄道として走ったという歴史があり、その軽便鉄道を考え、導入したのが、伊予鉄道の創始者、小林社長。
その様子を、地元の劇団、みかん一座がミュージカルにしたことがあり、その一部と、オリジナル曲を使い、また、坊ちゃん列車に乗って乗客などにインタビューして構成しました。
少し型破りかもしれませんが…。
北日本放送 報道制作局 有沢 義之
利賀の初午は、約180年前から富山県利賀村に伝わる民俗行事。
ワラ馬を舞ったり、俵をころがしたり歌を歌ったり、全て子供たちの手だけで行われる神事。
家内安全や農作物の豊作を祈願します。しかし、利賀村は、人口1000人の小さな過疎の村。毎年、子供たちの数も減っています。そんな中、少ない人数ながらも、この文化を守ろうと一生懸命になっている子供たちの姿と、田舎の暖かさが、伝わればと思います。
当日は練習風景を取材させてもらいましたが、とにかく田舎の子供たちは元気!! マイクを向けると、ハシャいだり、ふざけたりと、中々思うように取材が進みませんでした。
しかし、皆、人なつっこく、そして仲がいい!! 久しぶりに子供らしい子供たちに会ったような気がしました。