2018年9月12日 (水)

録音風物誌リスナープレゼントのお知らせ

 

番組をお聴きの皆さまにプレゼント 「米の食味(しょくみ)ランキング」で
8年連続の特A評価を獲得した 佐賀県産「さがびより」の今年の新米5キロを5名様に
お送りします。

Saga

(イメージ)



【ご応募方法】

■住所

■氏名

■年齢 

■電話番号
 

■番組の感想、ご要望など

をお書き添えのうえ、お聴きの放送局へはがき、またはkayoukai@radio.or.jp まで、
「録音風物誌新米プレゼント」と明記してご応募ください。 
締切りは10月20日です。 
当選者の発表は11月の賞品発送をもって代えさせていただきます。

紡ぎ、紡がれ~錦織りなす北限の絹~

2018年10月1日~2018年10月7日放送 
山形放送 報道制作局制作部 新野 陽祐

2018年度録音風物誌番組コンクール 最優秀賞
再放送でお送りします。

【番組概要】
舞台は山形県鶴岡市。江戸時代、この地域を治めていた庄内藩の藩士たちが明治維新の後、刀を鍬に持ち替えて土を耕し、カイコのエサとなる桑の木を植えました。この時、国内最北限の絹産地が誕生しました。そして、140年余りが経過したいま、一つの産地でカイコを飼育する養蚕から、私たちの手元に届く商品になるまでのすべての工程が存在する、日本で唯一の絹産地になりました。絹が生まれる時、その工程の中でどんな音が生まれているのでしょうか。そして、人と歴史はどんな音を奏でてきたのでしょうか。そこに暮らす人々の風景とともにお届けします。

【制作意図】
絹に音はありません。そう思った時、絹ができるまでにはどういう音が存在するのだろうと、ふと思ったのが取材のきっかけでした。侍が刀を鍬に持ち替えて養蚕を始めたというストーリーにも惹かれました。豊かな歴史と文化がはぐくんだ絹産地の魅力をぜひ多くの人に知ってもらいたいと思っています。そして、絹産業にはこんなにも多くの工程があり、支えている人たちがいるということを知ってもらい、絹自体の魅力も再認識してほしいと思っています。

【制作後記】
取材を始めたのはいまから7年前2010年にさかのぼります。以来、年に数回は絹産業の会社やそこに携わる人たちの取材を続けています。カイコが桑の葉を食べる音、糸が作り出される音、機織り機の音・・・目で見るとすぐ分かるはずの音が、耳だけになるとまったく違った音に聞こえ、より効果的にラジオとして聞いてもらえるようにするのは苦労しました。7年の間に、加藤さんは亡くなり、番組には反映できませんでしたが、製糸会社も火事にあいました。それでも一生懸命に絹産業を支える人たちをこれからも応援していきたいです。

 

隠し味はラッパの音~豆腐の移動販売

2018年9月24日~2018年9月30日放送 
信越放送 ラジオ局ラジオ編成制作部 笠原公彦

2018年度録音風物誌番組コンクール 優秀賞
再放送でお送りします。

【番組概要】
長野県山ノ内町で5年前から豆腐の移動販売をしている北沢豆ふ店。店主の北沢善延さんは、なぜ移動販売を始めたのか?その魅力は?販売に同行しました。

【制作意図】
豆腐販売のラッパ音が地域でどんな意味を持っているのか?販売に密着することで、売り手と買い手、それぞれの思いを描きたいと思いました。

【制作後記】
取材とナレーションを担当した石井嘉恵アナウンサーは新入社員。東京生まれの彼女に、長野県の良さを知ってもらいたいと指名をしました。取材後、スピードや効率といった尺度で測れない価値がある事に気づきましたと話していました。

 

マリンポートの母

2018年9月17日~2018年9月24日放送 
南日本放送 ラジオ部 七枝大典

2018年度録音風物誌番組コンクール 優秀賞
再放送でお送りします。

【番組概要】
大型クルーズ船が接岸する鹿児島市南部にある「マリンポートかごしま」は鹿児島と海外の観光客をつなぐ海の玄関口。船の写真を撮ってブログにアップする人、船を見るのが好きな人、そして寄港のたびにお出迎えやお見送りを行っている人たちが大勢いらっしゃいます。その中のお一人が東浜子さん(71歳)。船が入港する度に 自宅からおよそ2時間かけて 自分で車を運転してやってきます。4年前の2014年から雨の日も、雪の日も一度も欠かすことなくお見送りとお出迎えをする浜子さんの一日を追いました。

 【制作意図】
何気なく「マリンポートかごしま」へ行くと、両手にたくさんの国旗を持った女性がいました。話を聞くと「船の見送りにきた」とのことですが、手にした国旗の数や雰囲気など(いい意味で)「只者ではない」印象を受けました。これが浜子さんの第一印象です。一緒についていくと、そこには浜子さんと同じくお見送りをする方々が大勢いらっしゃいました。程なくして船が出港すると、みんな一斉に大きな声で「ばいばーい!!」とお見送りを始めます。僕には不思議な光景でしたが、なんだか胸が熱くなりました。しかも、完全にボランティアで お出迎えの時も同じように集まって自分たちの声でお出迎えをするという事実も発覚。出迎えも見送りも笑顔になる、スポットに集う皆さんをご紹介します。

【制作後記】
浜子さんと出会った時は、お出迎えとお見送りの回数がそれぞれ297回目。その原動力を探っていたのですが「何と言いようがない」の一点張り。「この魅力は体験した人でないと分からない」との事でした。ならば!と思って密着取材を始めたのですが、そこには浜子さんと同じく「何と言いようがない」お出迎えとお見送りの人たちが集うコミュニティがありました。明治維新150周年を機に観光に沸く今年の鹿児島ですが、知られざる人たちによる知られざるお出迎えとお見送りの声をお届けします。

さあ、お立ち会い ガマガールの油売り

2018年9月10日~2018年9月16日放送 
茨城放送 編成局編成制作部 首藤美穂

【番組概要】
茨城県つくば市にある筑波山は登山や観光にも人気が高い山です。その観光資源のひとつに「ガマの油売り口上」があります。週末に筑波山神社でガマ口上を行っているのが筑波山ガマ口上保存会のみなさん。年配の方が演じることが多いガマ口上と地域の子供たちをつなげようと、ガマ口上保存会事務局長の綾部龍昭さんが2011年「ガマガール」を立ち上げました。地域のおまつりなどで少しずつ人気を集めてきたガマガールの声を通して、ガマ口上の魅力を伺いました。

【制作意図】
ガマの油売りという言葉は有名ですが、実際に口上を聞いたことある人は多くないと思います。そんななか、ガマ口上を地域で披露している女の子たちがいると知りました。話を伺うと、ガマ口上に取り組む子供たちの成長を見守る地域のあたたかい目がありました。綾部さんと子供たちの口上を対比しながら、ガマ口上の魅力や子供たちが取り組む姿を伝えられるよう制作しました。

【制作後記】
女の子たちにガマガールを始めたきっかけを聞いたところ「自分たちよりちょっと上のお姉さんが演じている姿がかっこよかった」という理由が多く、年配の人のものというイメージが変わりました。ガマガールに口上を教えている綾部さんの、「かっこいい、おもしろそうという気持ちで始めてもらって、少しでも地域の伝統について考えるきっかけになるといい」という言葉が印象的でした。

2018年9月10日 (月)

歴史体感!関門海峡の語り部

2018年9月3日~2018年9月9日放送 
山口放送 ラジオ制作部 千田正秀

【番組概要】

平家が滅んだ壇ノ浦の合戦、武蔵・小次郎の巌流島の決闘、4ヶ国艦隊との下関戦争など度々、歴史的な出来事の舞台となってきた山口県と福岡県に挟まれた関門海峡。その海峡沿いの下関市側にある公園ではボランティアの語り部さんたちが毎日、海峡の歴史にまつわる紙芝居を披露し、海峡の景色と共に観光客や市民を楽しませています。番組では「晋作と龍馬~下関戦争その後~」と「怪談 耳なし芳一」の2つの演目を軸に 関門海峡の歴史の一端と語り部さんの活動を紹介します。

【制作意図】
維新150年の今年、維新胎動の地、山口県にも例年以上に多くの観光客が訪れています。そんな観光客たちが関門海峡を彩ってきた歴史に簡単に触れることができるのが、ボランティアの語り部による「歴史体感!紙芝居」です。語り部の皆さんは地元の歴史を多くの人に伝えようと暑い夏の日も寒い冬でも交代で海峡を望む公園に立ち、海峡を舞台にした歴史紙芝居を熱演しています。海峡の景観に想いを馳せてもらいながら、過去へ簡単にさかのぼることができる紙芝居の世界を感じてもらいたいと思いました。

【制作後記】
紙芝居を見ている時の反応が良かったのは台湾から来た家族連れの皆さんでした。語り部の皆さんは外国のお客さんのために演目の内容を英語、中国語、韓国語で紹介した案内書も用意しています。日本人のお客さんは紙芝居に集中して見入る方が大半で、外国からのお客さんは場面場面で「音的に美味しい」リアクションをしてくれて助かりました。   

2018年8月29日 (水)

プールの思い出は静岡おでんとともに

2018年8月27日~2018年9月2日放送 
静岡放送 ラジオ局編成部 鈴木保

【番組概要】
静岡県のソウルフード「静岡おでん」。今ではB級グルメとして全国的に認知されるようになってきましたが、静岡市民にとって静岡おでんは夏休みの思い出の一つでもあります。静岡県静岡市にある大浜プールの目の前には駄菓子屋さんが並び、夏休みになると子供たちで毎年賑わいます。静岡市民は暑い夏、プールに入ったあとに静岡おでんを食べるんです。静岡の大浜プールの目の前にある駄菓子屋さんでどんなやり取りがあるのか、プールのあとに静岡おでんを食べる文化が今も続く様子をお聞きください。

【制作意図】
全国的に「おでん」といえば冬の食べ物ですが、静岡おでんは、夏のプールの後にも食べられてきました。今でもおでんを食べる文化が残っている理由は何か?今の小学生が大浜プールに行っておでんを食べている光景は、他の地域の方が見たら変わった光景ですが、静岡にはおでんの味が夏のプールの思い出とともに思い出される光景を伝えたいと思いました。

【制作後記】
私は静岡出身で、静岡おでんの事はある程度知っているつもりでしたが、取材を通して知る事も多くありました。今回は大浜プールで食べる静岡おでんに着目しましたが、大浜以外にも観光客向けに静岡おでんのお店が新たに開店しています。今回の番組を通して、県外の方に静岡おでんの魅力が伝わって欲しいのは勿論ですが、静岡の人にこそ、当たり前だからこそ意識しない静岡おでんの魅力を再認識してもらえればと思っております。

ふるさと・広島フォーク村~あの日も、今も、これからも~

2018年8月21日~2018年8月26日放送 
中国放送 ラジオ局ラジオ制作部 大森美空

【番組意図】
今から50年前、日本が高度経済成長期の真っただ中にあったころ。
広島に『広島フォーク村』という音楽を愛する若者たちの集いが存在しました。後にスターとなる吉田拓郎氏、浜田省吾氏もアマチュア時代に「村民」のひとりだったフォーク村。ピーク時には400名の村民が在籍し、コンサートを開催するたびに満員の観客を集めていましたが、人気絶頂の中、わずか2年で解散を選びます。村民にとって、フォーク村とはどんな居場所だったのか?たった2年きりの居場所だったのか?フォーク村年少メンバーだった竹本さんにお話を伺いました。

【制作意図】
「『広島フォーク村』いうんが、あったんよ。」・・・村?どこに?フォークソングってそもそもなに?音楽も広島もまだまだ知識が浅い私にとって、フォーク村は未知の世界。知れば知るほど、聴けば聴くほど今の私と同世代である、50年前の村民たちの熱い想いに心打たれ、ここ広島にフォーク村がったことを伝えたいと感じました。自分の青春をふと振り返りたくなるような内容になっていればと願います。

【制作後記】
ナレーション担当のアナウンサーも私も、平成生まれ。レコードは入社するまで触ったことも、見たことすらありませんでした。竹本さんにレコードプレーヤーの使い方を教えていただき、おどおどしながら針を落とした後の「プツプツ・・・」、そして流れ始めたイントロには鳥肌が立つような感動がありました。そんな私たちの隣で目頭を押さえながら音楽に耳を傾ける竹本さんの姿も、とても印象的でした。形ある場所だけがふるさとではないのだと、一音一音、歌詞の一行一行をなぞりながら、感じました。

2018年8月10日 (金)

たまにはぼんやりしませんか?

2018年8月13日~2018年8月19日放送 
秋田放送 ラジオ制作部 加賀屋晃太

【番組意図】
秋田県男鹿市船川港にあるお寺、大龍寺。
日本海と奥羽山脈を望むこともできる歴史ある日本庭園では、四季折々の趣のある風景を楽しむことができます。お寺離れが進む中、大龍寺では独自の取り組みを行って、気軽にお寺に足を運んでもらえるよう取り組んでいます。ある日、大龍寺の住職 三浦賢翁(けんのう)さんが訪れたのは秋田市の歓楽街にあるビル。ここでは月に1度、お坊さんを招いて一緒に一般客とおしゃべりをするイベント『ぼんやりバー お坊さんといっしょ』が開かれています。鐘の音や、寺に流れる湧水の音などお寺にある様々な音に耳を傾けてぼんやり。『ぼんやりバー』でお坊さんとお話しながらぼんやり。

忙しい世の中、たまにはぼんやりしませんか?

【制作意図】
もともとは『ぼんやりバー』の取り組みを知ったことがきっかけで、大龍寺に取材に行きました。すると、お寺ならではの豊富な音や、ユニークな取り組みをしていることがわかりました。その取り組みや、『気軽に足を運んでほしい』という住職の思いを多くの人に知ってもらうべく制作にあたりました。

【制作後記】
正直なところ、取材がなければお寺に足を運ぶことも少ないままだったかと思います。しかし、実際に訪れてみると豊かな自然や、独特のゆったりした時間に魅了されました。番組中には盛り込めなかったのですが、早朝の坐禅会にも参加してきました。坐禅と言えば、警策という、肩を『バシッ』とたたく平たい棒のイメージがありますが、初体験してみると音のイメージよりも重い一撃が…おかげで日ごろの業務もシャキッと頑張れそうです。ぜひお試しください。

 

希望の鐘

2018年8月6日~2018年8月12日放送 
熊本放送 ラジオ局ラジオ制作部 久島健一

【番組概要】
熊本県合志市にある国立ハンセン病療養所菊池恵楓園の鐘。
強制隔離政策の中にあっても病気を治し、ここを退所されていった人たちがいました。
昭和26年から、鐘が老朽化する昭和40年代まで、退所者が園を出て行くときに打ち鳴らされていたそうです。高さ22mの塔に設置されていたこともあり、その近辺の方たちからすると一つの風物詩でもあったようです。その鐘が昨年復元され、また鐘の音がよみがえったのですが、当時の「希望の鐘」の持つ意味とは、入所者の方は現在は意味合いが違うと感じられていました。
その話を、広大な菊池恵楓園の鐘の前で、一度、社会復帰され、その後、病気の再発で園に戻らなければならなかった方に、見送られる側と見送る側の気持ち、そして、復元された鐘の音を聞いてどう聴こえるかを伺いました。

【制作意図】
国立ハンセン病療養所菊池恵楓園に昔存在した、社会復帰される人を見送る時に鳴らされていた「希望の鐘」が復元されたと言う話を知りました。この4月に10年ぶりにラジオ局に異動してきて、どこの放送局もそのことを取り上げていないことを知り、これを伝えるのはラジオの役目だと感じたのがきっかけでした。番組の尺の問題で伝え切れていない部分はありますが、「音」というものは、その時の状況、立場、様々な要因で「同じ音も違う風に聴こえる」と言うことを、苦労された元ハンセン病患者の言葉と共に、リスナーの皆さんと共有できればと思い制作しました。

【制作後記】
音数が多いほうが番組の趣旨には合うのかと思いましたが、最後まで迷い最終的に「自分が純粋に伝えたいことをやろう」と言う思いでこのテーマにぶつかることにしました。
軽々には扱えない内容ですので、マイクを持たず元患者さんのところに通い、納骨堂から、全宗派の仏壇が並ぶ葬儀場、誹謗中傷の葉書、目に見えるものは全て見せて頂いた上で、「希望の鐘」の話をうかがうことが出来ました。広大で自然豊かな静寂の中にある施設ですので、鐘以外目立った音はありませんが、広大な中にある「静寂」を録れればいいと思い、番組の中に封じ込めたつもりです。
私自身、勉強になりましたし、ラジオがこうやって伝えていくべきものがまだまだあるのではないかと感じることができる番組制作となりました。

半世紀以上の歴史を持つ録音構成番組。全国の放送局がその土地ならではの風俗をそこでしか聞くことのできない音とともに紹介します。

ブログ powered by TypePad