2007年10月22日 (月)

秋の伝統神事・下吉田のやぶさめ祭り

山梨放送 ラジオ局 小林 かおり

富士山の麓、富士吉田市下吉田の小室浅間神社では、毎年、秋の例大祭にやぶさめが行われます。

全国各地で行われる、武芸鍛錬を意味するやぶさめと異なり、この神社のやぶさめは神事であることを貫きます。

やぶさめを奉納する(騎乗し、やぶさめを行う)のは、地域の男性。一週間神社に寝泊りして身を清め、乗馬の訓練を行い祭りに望みます。

そんな珍しいやぶさめ祭りの1日を番組におさめました。

2007年10月15日 (月)

中尊寺のちょっと変わった名物

IBC岩手放送 ラジオセンター 北口 新

観光名所である平泉中尊寺に、ちょっと変わったおじさんがいるという話を聞き、たずねてみました。

来年にも世界遺産への問い録画想定される岩手県平泉。殊にも「金色堂」で名高い中尊寺の門前に一風変わったおみやげ屋さんがあります。

ユニークな商品とともに、平泉の名所を織り込んだ歌で、客を惹きつけるこのお土産屋さん。さて、そのユニークなおみやげ屋さんとは…。

2007年10月 8日 (月)

晋作も愛した ゆうれい寿司

山口放送 ラジオ編制部 村田 俊子

今年82歳の中邑房江さんは、今も現役のお料理教室の先生です。

特に山口の郷土料理に詳しく、「下関のフク」VS「岡山の鰆」や、「会津の米みそ」VS「山口の麦味噌」といった、各地の料理対決の場面で活躍していらっしゃいます。

つい最近は、朝鮮通信使が伝えた料理の復元に腕を振るわれました。 今回紹介する「ゆうれい寿司」は、「長州寿司」ともよばれ、萩市、美祢郡秋芳町、山陽小野田市厚狭、宇部市楠などに伝えられ、今もお祭りの席には欠かせない郷土料理のひとつです。

 郷土料理は、単なる料理で歯なく、」郷里の山や川、また家族との思い出がたっぷりと沁みこんだお料理です。
そのことを、中邑さんのお話しは思い起こさせてくれます。

2007年9月10日 (月)

紀伊半島・熊野に、日本ミツバチと暮らす

和歌山放送 報道制作局 土橋 進

紀伊半島の南端、世界遺産「熊野」の山中を太平洋に流れ下る、日本最後の清流、古座川流域には、伝統的な暮らしが残っています。

その清流の支流一体には今も、在来種の「日本ミツバチ」の習性をうまく利用しながら、味わい深い「和蜜」を採取している人々が暮らしています。

古座川町宇筒井に奥さんと2人で暮らす、前進一郎さん72歳は、冬場は狩猟家として、熊野の山中でイノシシやシカを追っています。相棒は紀州犬のルーツと言われている「熊野地犬」11頭です。

「日本ミツバチ」の世話は春先の「ゴーラ」と呼ばれる巣箱の制作と設置、秋の分蜂(巣別れ)のための巣箱の設置などが主で、後はミツバチが山々から集めてくる和蜜を待つだけです。

そして夏のお盆が過ぎる頃、前年に越冬して巣箱一杯に溜めた蜜いっぱいの巣を半分だけ切り取ります。後の半分は次の年への越冬のための食糧として残しておきます。

「ミツバチは子どものようにかわいい」と言う前さんの自宅はいつも開け放たれています。そこに「日本ミツバチ」が我が家のように入ってくることもあります。

そのとき、前さんは蜂が自分で出て行くまでじっと待ってやります。「昔の日本人は、このミツバチのように良く働いたものなんだが…」と、ミツバチを通して昨今の世相をチクリと刺す前さんです。

2007年9月 3日 (月)

小さな役者たちの夏~田島屋台 子供歌舞伎

ラジオ福島 放送部 島田 弥栄

南会津郡南会津町、田島に伝わる伝統的な祭り、田島祇園祭。鎌倉時代から行われている祭りで、日本三大祇園祭のひとつち言われています。

タイトルの、田島屋台子供歌舞伎は、江戸時代からの伝統ですが、一時中断し、120年間行われてきませんでしたが、平成に復活。田島町、また近隣の町から毎年子供たちが参加しています。

子供たち28人のうち、男の子は3人、女の子のパワーが強く、主要な役を演じる中学生の姿はタカラジェンヌのようでした。練習では指導の先生が役柄からセリフ、さらにはごあいさつに至るまで、優しく厳しく教えていらっしゃいました。

隈取、重さ10Kの甲冑を着込むと子供たちの気持ちも引き締まり、伝統を受け継いでいるという思いが強くなるようです。

当日、県内外からこの歌舞伎のファンという方が大勢集まり、クライマックスのシーンでは泣いている方も見られました。2日続けて、16:00~23:00頃まで子供たちは演じ続け、幕間で眠る子供もいるそうです。

2007年8月27日 (月)

日和佐の大きな古時計

四国放送 ラジオ編成制作部 片山 洋介

徳島県海部郡美波町(旧・日和佐町)奥河内の岸本廣江さん宅の居間の大きな振り子時計は、明治、大正、昭和、そして平成と110年以上にわたって、時を刻み続けている。

20年ほど前までは通に面した部屋にかけられていて、登下校する子供たちや、買い物に出かけた主婦たちが時間を確認する「日和佐の標準時計」として地元の人々に親しまれてきた。

また、同時にこの時間は岸本家を見つめ続けてきて、その存在はまさに「岸本家の歴史」そのものだと言える。岸本廣江さんに話しを聞く。

2007年8月20日 (月)

海女の恋歌~なんぼや~

福井放送 ラジオセンター 越桐 清司

すぐ近くに奇勝「東尋坊」を望む福井県三国町安島地区。ここに伝わる民謡が「なんぼや踊り唄」です。

「なんぼや」とは、江戸時代南部地方(現在の青森県東部と岩手県北部)から北前船によって伝わったことから「南部や」が「なんぼや」になったそうです。

安島地区は、その地が海の近くにある岩盤だったために農作物の栽培には適さず、男性の大半が船員として出稼ぎに行きました。その間、女性たちは留守宅を守り、海女としてその幸を収穫しながら子供たちを育てました。

その海女たちによって伝えられたのが「なんぼや」なのです。その中には、夫や恋人の帰りを待つ女心を綴った恋唄なども収められておりその数は、全部でなんと260節。

テンポがゆっくりとしていて鳴り物が入らないのが特徴です。終戦後の混乱で「なんぼや」は、途絶えていましたが、昭和30年ごろから復活。現在では保存会の人たちと学校の先生が協力。小学校の授業でも歌われ、後世に伝えられています。

2007年8月13日 (月)

手織りの味を守る上田紬

信越放送 ラジオ制作部(フリーランス) 塩入 美雪

日本を代表する三大紬の中に上田紬があることは、地元でも知る人が少なくなってきた現代。江戸時代から伝わってきた伝統がなくなりかけた時に「ふたたび火を灯し、作り方を守ってきた紬工房の人々の想いをお届けします。

上田紬の良さは丈夫さ。
横糸をよくたたき込んであるから、裏地を3回取替えても表地は大丈夫という強さになるようです。

昔は各家で自分たちの着るものを作っていました。今手作りの良さやぬくもりが見直されていますが、一旦途絶えてしまった技術や伝統は、復活させるのが容易ではありません。

その技術を絶やさないよう、後進を育成しつつ、人のぬくもりを大事にし、現代でも通用するデザインや色あいで次世代へ伝統を紡いでいきます。

2007年8月 6日 (月)

藍とともに生きる

東北放送 ラジオ局編成制作部 佐々木 雄祐

緑深い山々に囲まれた、宮城県栗原市栗駒文字地区に平安時代から行われてきた、染織技法「正藍染」(又は「正藍冷染」)を受け継ぐ藍染の工房があります。

その技法を代々受け継いできた千葉家。現在藍染作業の中心になっているのは千葉まつ江さん(77歳)です。まつ江さんは藍の栽培から染めの作業、製品化まで一貫して行っています。

藍で生地を染めるためには藍を発酵させる必要があります。人工的に発酵させるのが一般的ですが、千葉家では熱を使わず、夏の気温変化のみによって発酵させています。

そのため染めの作業が出来るのは、6月から7月の40日だけです。気温や湿度によっても染まり具合が左右される正藍染、まつ江さんは一枚一枚「いい藍色が出るように」と祈りながら染めあげます。

その想いを映し出し、生地はやさしい藍色に染まります。今年の染めの作業は7月15日で終了しましたが、まつ江さんはこれからも藍とともに生き続けます。

2007年7月30日 (月)

震災を乗り越えて~輪島曳山祭の男たち~

北陸放送 制作部 川瀬 裕子

今年3月25日、震度6強の「能登半島地震」が能登を襲いました。輪島市も住家や神社などが損壊し、地震の10日後に行われるはずだった曳山祭は中止になってしまいました。

約350年の歴史がある曳山祭を取り仕切る「おとう組」と呼ぶ地元の厄前の男たちは、自分たちが被災したにもかかわらず、町の人たちを元気づけるために、曳山祭を開催したいと願っていました。

自分の生活もままならない中での祭りの準備は、彼らの契りを一層強くしました。言葉で語るより、その涙が全てを物語っていました。

男たちの熱い涙がありました。

半世紀以上の歴史を持つ録音構成番組。全国の放送局がその土地ならではの風俗をそこでしか聞くことのできない音とともに紹介します。

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