誕生! 土でできた楽器の音
宮崎放送 ラジオ局制作部 渡辺 康晃
音の世界を表現するのに良い素材でした。
トーキンという名は、世界初です。
3回の取材で、今回MDで収録しました。
数年後には、世界の音として認められると確信しています。
宮崎放送 ラジオ局制作部 渡辺 康晃
音の世界を表現するのに良い素材でした。
トーキンという名は、世界初です。
3回の取材で、今回MDで収録しました。
数年後には、世界の音として認められると確信しています。
西日本放送 ラジオ放送部 片岡 三佐子
今、さぬきうどんが大ブレークしています。
100円のうどんを食べるために新幹線や飛行機を使って香川県にやってきます。
讃岐(香川県)で育ち、暮らしている私達にとって、うどんは一番身近な食べ物であり、いつでも食べられる当たり前の物です。そのうどんがこれほどにブレークした事はある種、喜びでもあり、驚きでもあります。そこで、ツアーに同行することで讃岐うどんの魅力を改めて認識してみました。
同行したツアーはJRが企画した歩いて回るうどんツアーです。
地元のうどん店ということで、予約無し、売りきれ御免。地元の人にまじって並び、冷たい風が吹く中、外で立って食べる。具も無くうどんだけを味わってもらう。
それでも皆、大満足です。
それだけにうどんそのものにこだわって作るお店の心意気が伝わってきます。長い歴史が培ったさぬきうどんの美味しさを感じていただければと思います。
長崎放送 放送制作課 三輪 准子
映画「長崎ぶらぶら節」をキッカケに、地元長崎・丸山が今、盛り上がる!!
寂れゆく丸山遊郭の賑わいを何とか取り戻そうと、若い山口広助さんを中心に復興の兆しが見えてきました。「まるやま学校」もそのひとつです。
年齢に関係なく正調な「ぶらぶら節」を覚えたいという意欲があれば、誰でも参加することができ、遠くは県外から来られている生徒さんもいらっしゃいます。また、親子で着物を着て伝統の踊りを習えるのも「まるやま学校」ならでは。
将来は「くんち」の踊り町」となるか!?
これからが楽しみの丸山町です。
秋田放送 ラジオ放送部 柳沼 秀光
「しばしも休まず 槌うつひびき とびちる花火よ はしる湯玉」という歌詞ではじまる「村の鍛冶屋」という歌をみなさん知っていますか?
最近の子供たちは知らないのです。
この曲は鍛冶屋の減少とともに、昭和55年の教科書から消えた唱歌のひとつなのです。
ご紹介する鍛冶屋さんは北秋田郡森吉町阿仁前田にあり、かって独特な狩猟文化を築いた豪勇の狩人「マタギ」が絶大なる信頼を寄せた、山の万能刀、「ナガサ」をつくる唯一の鍛冶屋さんなのです。
40年間つくり続けている西根登さんに、職人の技と心をご紹介します。
静岡放送 ラジオ制作部 山本 真弘
街角で見かけた引き売りの焼きイモやさん。
一体どんな人が、どこからやって来て商売しているのだろう?
夏場は何をしているのだろう?
そんな疑問から取材を始めました。
取材させていただいた山口さんは31才と若く、また子連れの焼きイモ屋さんだったことに驚きました。彼の車中でかかっているレゲエは、複雑な家庭事情に育ち、ハチャメチャだった山口さんの人生を一変させたモノ。
家族との時間が一番楽しいとおっしゃっていた山口さんでした。
文化放送 報道部 植松 敬子
今、東京の街では週末ともなると多くの大道芸人たちが姿を見せ、人々を楽しませています。
「大道芸人を大都市の魅力」にしようと東京とは今年8月、優秀な大道芸人にライセンスを与え、公園や地下鉄の駅などの公共スペースを彼らの舞台として提供する「ヘブンアーチスト制度」を導入、大規模なオーデションを行って154組にライセンスを与えたのです。
これまで公共の場所で芸をするには、その都度、警察やジ自治体に許可をもらわなければなりませんでしたが、通行の邪魔になるとか、周辺に迷惑がかかるなどの理由で、その許可はなかなか下りませんでした。
このため大道芸人たちは肩身の狭い思いをしながら、誰かに注意されるまでの間、芸を披露していたのです。
でもヘブンアーチスト制度によって状況は一変しました。ライセンスを取得した大道芸人たちは指定された都内20ヶ所のスペースで、堂々とパフォーマンスが出来るようになったのです。
ぶらっと公園を散歩していて、また何気なく地下鉄の駅を歩いていて、思いがけず楽しい芸を見られるってとっても良いものだなぁと感じました。そんな“ふと歩いていると大道芸人と遭遇する”東京の街の雰囲気が伝わればと思っています。
熊本放送 ラジオ編成制作部 高野 泰宏
番組内で使用したコントの風景、実はRKKの公開録音に出演したときのものです。
地方の祭りは夕方から夜にかけて開催されることが多いため、田中さんは、みかんの収穫を終えて作業着のまま、軽トラに乗って会場入りすることがあるそうです。
そのときに会場入り口で出演者と思われないで、止められることがよくあるそうです。
中国放送 ラジオ局ラジオ制作部 延藤 靖
けん玉は、誰もが一度は試したことがある遊びです。でも、その由来はあまり広く知られていません。実は、いまのけん玉の形は広島県にルーツがあるのです。
大正時代廿日市市という町でいまのけん玉が生まれました。
そのせいか、広島市は昔からけん玉が盛んです。特に熱心な指導者が多く、その一人、広島市に住む今田弘武さん(56歳、日本けん玉協会認定八段)は、みんなからけん玉名人と呼ばれています。仕事づとめのかたわら、休みの日には学校や公民館を訪れ、子供たちにけん玉の楽しさを教えています。
教えた子供の中には、去年と今年の全国大会でV2を果たした小学生もいるほどです。「けん玉は失敗の連続。だからこそ、できるようになった時の喜びを味わってもらいたい」それが今田さんの強い思いです。
広島では、けん玉の試合や大会も盛んです。10月20日に開かれた「廿日市市けん玉道選手大会」には、県の内外から70人が参加しました。
もともとけん玉は、オランダから伝わったとも、中国からとも言われていますが、いまより少し細くロウソクたてのような形でした。大正7年、広島県呉市に住んでいた江草濱次という人物がいまの形を考案し、昔から木工業の盛んな廿日市で製造されるようになりました。
父親の代からけん玉づくりを受け継ぐ西村保宣さん(65歳)は、昭和40年代には、毎日1000個近くを作っていたそうです。
今田さんたちの」熱意が実り、今では体育の授業として小学生や大学でもけん玉が教えらています。いまのけん玉が誕生して、すでに80年余り…。
広島の街には、今日もその響きがこだましています。
《制作意図》
けん玉発祥の地である広島県には、その長い歩みがあり、また、けん玉を人間形成に生かそうと熱心に取り組む人々がいます。単なるこどもの遊び、おもちゃというイメージを越えて、その音色が響いていることを伝えられたらと思っています。
《こぼれ話し》
けん玉大会の取材には、別の会場(10月13日)にも出かけましたが、これは不発に終わりました。会場が屋外だったので、けん玉が響かず、ほとんど音が拾えなかったのです。けん玉の録音は、やはり室内に限ります(笑)。
青森放送 ラジオ報道制作部 藤田 春央
津軽地方には、旧暦8月1日の前の日、岩木山の中腹にあゆ岩木山神社に集団で参拝する行事があります。
実りの秋を迎え、五穀豊穣、家内安全を祈願する民間信仰の行事で“お山参詣”と呼ばれています。
この“お山参詣”には、「サイギサイギドッコイサイギ…」という唱え言葉と、鉦、笛、太鼓による登山囃子がつきもの。津軽各地から人々が、「サイギサイギ…」と唱えながら、ヒバをテープ状に削ったものをたれ下げた御弊をおしたてて岩木山に向かって行進する様子は、とても風情があります。
また貴重な民俗行事の音の記録の対象でもあります。そこで、番組では、この“お山参詣”に同行取材し、その“風物”を録音構成いたしました。
東海ラジオ放送 報道部アナウンス課 奈良 まなみ
秋の味覚・ぎんなん。愛知県には国内のぎんなん生産量第1位で130~140t(H13データ)と、およそ3割を出荷している。全国No1のシェアの内、県内西北部に位置する中島郡祖父江町で大体の8割の生産を誇る。
なぜ、ぎんなん生産が広まったのだろうか?一般に街路樹などのぎんなんを拾うと土に埋めて肉質の外側を腐らせるというが、生産を目的とするぎんなんはどのような手順で商品化されるのか?
祖父江ぎんなん生産者、加藤元一さんを取材した。
ぎんなんが実ると、街路など独特の匂いが広がる。また、扱いの中、外皮でかぶれるなど、一般に嫌がられることが多い。しかし、それとは対照的に祖父江町では、収穫が済んだあとの10月~11月にかけて、町じゅうが黄金色に染まる。
全国から取材依頼のある黄葉は、町の人にとって、ぎんなんと共に自慢の1つである。