2019年9月20日 (金)

神戸布引の滝~“いま”を象る水の音~

2019年9月2日~2019年9月8日放送 
ラジオ関西 報道制作部 山本洋帆

【番組概要】
神戸の市街地の玄関口である「新神戸駅」のすぐ裏に、神戸屈指のネイチャースポットがある。日本三大神滝のひとつ「布引の滝」だ。今回は雌滝と雄滝の音を中心に、布引の滝が織りなす雄大な自然の姿を収録した。神戸が残し、神戸を生かし続けてきた布引の滝を、神戸の音としてお届けする。

【制作意図】
きっかけは図書館で偶然手にした昭和20年代の史跡。そこには、いまと変わらない滝の美しさが記されており、その歴史の深さを知った。神戸といえば、「山と海が近いまち」と表現されることが多いが、布引の滝に何度も通うことで身を持って実感した。古くは平安の時代にも記録に残されている「布引の滝」。その荘厳な滝の姿を、私は音で残したいと思う。

【制作後記】
厳しい暑さの中での取材となったが、滝の音を聴くと不思議と涼やかな気持ちになれた。これまで時代を繋いできた布引の滝が、これからどんな姿でこのまちに残されていくのか、神戸市民としてとても楽しみに思う。あと、雄滝茶屋のラーメンが、最高に美味しかった。

2019年8月28日 (水)

伊勢湾台風60年 まちの語り部

2019年8月26日~2019年9月1日放送 
東海ラジオ放送 第二制作部 源石和輝

【番組概要】
1959年(昭和34年)、東海地方を中心に5000人を超える犠牲者を出した伊勢湾台風。あれから60年、被害の大きかった名古屋市港区で当時の人びとの体験談を今に伝えるプロジェクトが、まちの活性化を図る「港まちづくり協議会」によって進められている。語り部は地元在住の西川みどりさん(66)。持ち前の明るさと名古屋弁、民謡で鍛えた声で当時の状況を生き生きと映し出す。「屋根があらへんぞ!」家々が水没したのを海から目撃した船員、「こりゃ大変だがや!」自宅の水位が上昇する中家族を脱出させるためトタン屋根を素手で破った父親、警報が出ていたのに悠長に構えていた台風襲撃前の街の様子。聞き書きによって綴られた住民たちの体験談を次々と朗読してゆく。そしてみどりさん自身も伊勢湾台風経験者だ。当時小学1年生だったため「何も怖くなかった。怖さを知らなかった」と前置きしつつ、冠水した通りを歩いていたらマンホールにはまったり、戸板に載せられた遺体をそうとは知らず見てしまい父親に叱られたエピソードを語る。「伝えていきたい。経験しているからしゃべれる。生き字引になっていくのかな」。みどりさんの決意で番組は締めくくられる。

【制作意図】
東海ラジオが放送免許を受けたのが1959年9月26日、つまり伊勢湾台風襲来の日だ。戦後最大の台風災害であるがその記憶は着実に風化しているし、もとより開局前の東海ラジオに当時の記録はほとんどない。別件の取材で港まちづくり協議会を訪れた際、「まちが語る」というプロジェクトの存在を知った。語り部西川みどりさんの朗々とした名古屋弁に引きつけられ、この声と語りこそが名古屋の街角の風物詩なのではないか、私たちが知らない伊勢湾台風を知るよすがになるのではないか。ある種の「縁」のようなものを感じた。映像や文字と違って音声の記録は残しにくいが、ひとたび聴けば記憶に残る。この記憶を地元にとどまらず全国で共有できればと思い、ちょうど60年を迎えるこの時期の番組制作に至った。

【制作後記】
西川みどりさんは小さいときから朗読が好きで、歌手や女優やアナウンサーを夢見ていたが果たせず。主婦業の傍ら民謡教室で声を磨き、スーパーマーケットの教育係で言葉を磨いた。地元の祭りで先頭に立って盛り上げる様子が港まちづくり協議会スタッフの耳に留まり、語り部起用に至った。「即決したわよ。今になって花開いたわね」と屈託なく笑うみどりさん。インタビューも終始明るく、歌まで飛び出すほど盛り上がった。「ユーモアを交えてあっけらかんと語る。それが港まちらしい」港まちづくり協議会の古橋敬一さんは、港湾関係者ら活気あふれる住民たちの語り口に、甚大な台風被害を生き抜くことで乗り越えてきたリアルさを見る。その代表格であるみどりさんの人柄が港まちを支え、風化しつつある伊勢湾台風の記憶を次代に伝えてゆくことだろう。

2019年8月16日 (金)

旬の恵みを、ひんやり生かす~里山暮らしで見つけたもの~

2019年8月19日~2019年8月25日放送 
東北放送 ラジオ局制作部 小笠原悠

【番組概要】
田舎暮らしに憧れ、退職を機に東京から宮城県栗原市一迫に移住した渡辺信雄さん・生子さん夫婦。山を望む自然豊かな土地で、ゆったりした時間を過ごそうと思っていた2人でしたが…毎日が大忙し!!2015年に地元の果物と野菜を使ったシャーベットの店「もぎたてフルーツ工房 土里夢(どりーむ)」を仲間と共にオープンしたのです。桃の収穫を手伝った際に廃棄される量の多さに驚き、「もったいない。どうにか活用できないか」と思ったのがきっかけでした。ゼロから製造方法を学び、牛乳や卵を使わず、果物と砂糖を主にした”のぶおさんとせいこさんのひんやりシャーベット”が完成しました。「地域にはまだ使われていない価値のあるものがある」と語る渡辺さん。農家の庭先に植えられたままの果物、野山に自生するベリー…。地域の恵みを生かしたいと挑戦を続ける渡辺さん夫婦の思い、そして、シャーベットの”ひんやりおいしい音”をギュッと凝縮してお送りします。

【制作意図】
栗原市でのラジオカー中継の帰り。美味しいシャーベット屋さんがあると聞き、『土里夢』へ。出迎えてくれた生子さんの笑顔にほっこり。ショーケースに並ぶ鮮やかな赤、ピンク、オレンジ…目移りしながら、いちじくと柿の2種盛りをチョイス。みずみずしい甘さと深み、爽やかな後味に1日の疲れがすっと溶けていきました。「すべて地元で取れたもので作っているんですよ」。嬉しそうに話す渡辺さん。お2人が店を始めた経緯を聞き、このシャーベットは栗原の新たな風物詩になっていると感じました。県外から移住した渡辺さんだからこそ見つけた地域の魅力、それを形にした熱意。”ひんやりシャーベット”の芯にある2人の温かさを伝えたいと思いました。

【制作後記】
早朝の桃の収穫から、シャーベット作り、店頭での販売まで、渡辺さん夫婦の1日を追いました。「忙しいけれど、楽しいよ」。地道な皮むき、力仕事も二人三脚・笑顔で取り組む姿が印象的でした。専用のヘラで丁寧にシャーベットを練り返す”シャリッシャリッ”、きれいに丸く成型してカップに入れる”カパッ”、2人の思いの詰まった音をじっくり味わってもらえたら幸いです。里山ならではの虫と鳥の鳴き声も素敵なBGMになりました。夏の暑さをほっと和らげる、のぶおさんとせいこさんのひんやりシャーベット。ヒグラシの音色を聞きながら、次は3種盛りをゆっくり味わいたいなあ…。

古町芸妓~心が照らす花街・新潟~

2019年8月12日~2019年8月18日放送 
新潟放送 情報センターラジオ放送部 片桐静香

【番組概要】
新潟市一の繁華街「古町」には、江戸時代から受け継がれてきた「古町芸妓」がいる。京都・祇園、東京・新橋に並ぶ日本三大芸妓だ。今年開港150年を迎えた港町 新潟をその華やかなおもてなしで支えてきた。港町ならではの親しみやすさもあり、一見さんにとても寛容である。彼女たちに魅了され、再び新潟の地を踏んだ人がどれだけいただろうか。存続の危機もあったが、地元企業により「柳都振興」という法人が設立され、古町芸妓の多くが、そこに属している。彼女たちは日本舞踊や三味線、笛や太鼓に長唄、お茶など日々厳しい稽古に励んでいる。稽古をつける側の先輩芸妓も教わる側の芸妓たちも常に真剣だ。それは芸妓文化をつないでいくことがどれだけ大切なのか、彼女たち自身が一番
身に染みて感じているからである。この取材では稽古の音と共に古町芸妓の魅力に迫る。

【制作意図】
京都・祇園や東京・新橋に並ぶ花街が新潟にあることを、もっと多くの人が知っていてもらいたい。そんな想いから取材を始めた。私は宴席で古町芸妓と初めて会話をしたとき、いつか絶対に取材をしようと決めていた。古町芸妓になる道を選んだ彼女たち、200年以上受け継がれてきた文化の当事者となったことで何を感じ何を考えているのか…そこを知ることが私の伝える仕事の始まりだと思う。短い時間ですべてを伝えるのは難しい、だから知りたいと思うキッカケを録音風物誌で表現したかった。

【制作後記】
稽古をしているのはかつてお座敷としても使われていた待合い茶屋。引き戸を開け一歩足を踏み入れると別世界に来たようだった。取材をさせてもらったのは古町芸妓の和香さんと結衣さん。彼女たちはまだ20代だが、稽古に打ち込む姿は同年代の人たちよりもはるかに大人に見えた。稽古をつけてくれていた先輩芸妓の延子さんを見つめる目は真剣そのもの。短い時間の中で少しでも多くのこのを学ぼうと前のめりに取り組んでいる。稽古の後に話してみるとコロコロと笑う二人の笑顔が印象的だった。
「芸妓の仕事は1人では成り立たない仕事」という和香さんの言葉に、私はラジオとの共通点を見つけた気がした。それと同時にこの二人がいるならば古町芸妓は途絶えることもないと思った。この取材で終わりではなく、これからもずっと古町芸妓の姿を追い続けていきたい。

2019年8月 5日 (月)

つちのね~宮崎の農林業を支えた鍛冶職人~

2019年8月5日~2019年8月11日放送 
宮崎放送 ラジオ部 二木真吾

【番組概要】
 
宮崎県小林市野尻町。ここで小さな鍛冶屋を営む男性がいる。白坂 伊佐男さん(83)。
白坂さんは、17歳の時に鍛冶職人だった兄に弟子入りし、以来約60年、鉄を叩き続けてきた。白坂さんの手掛ける刃物は、家庭で使う包丁はもちろん、農作業で使う鎌やナタ、牛の爪を切る削蹄用のノミなど数百種類に上る。オーダーメイドだからこそ、特殊な刃物を生み出すことができる。白坂さんは、妻のキクエさんと共に、二人三脚でこの小さな鍛冶屋を営んできた。妻が身重の時も、ケンカをして口を聞かない時も、ずっと一緒に鉄を叩き続けてきた。しかし、2015年3月。白坂さんの工場が火事に見舞われ、住宅にも焼失。足が悪かった妻、キクエさんは逃げ遅れ、帰らぬ人となった。もう、鍛冶屋はできない…。そんな白坂さんを再起に導いたのが、ひっきりなしにかかってくる電話だった。「白坂さんの包丁じゃないとダメじゃ…」、「切れなくなったから研いでほしい…」。そして、焼け跡から、愛用していた金づちが見つかった。…これでまた叩ける…。再起を決意した白坂さんは、再び、鉄を叩き始めた…。「家内もまだ一時は、頑張りないよと言ってくれてると思います…」

【制作意図】
 
古き良き物があれば、古き良き音もある。私が頭の中に残っていた古き良き音。それは、小学生の登下校時に聞いていた白坂さんの鍛冶屋から聞こえてくる音だった。私の祖父は、牛の爪を切る削蹄師をしていた。祖父は、白坂さんにオーダーメイドの刃物を依頼していた。私も小さいころから、白坂さん夫婦で一緒に鉄を叩いている姿も見てきたが、4年前、火災により工場、住宅、そして、妻を失ったことを知った。もう、再開はできないだろうなと私自身も思っていたが、数か月後に鍛冶屋を再開したことを知った。まだ、槌の音は消えてない…。 消しちゃいけないと思った。

【制作後記】
 
これまで、何気なく見ていた、聞いていた音だったが、改めて、ラジオの番組として聞こうとしたときに白坂さんの人柄、思いが、どう音だけで伝わるか。ということに終始した取材だった。もちろん、反省点はたくさんある。ただ、これから残ってほしい音であるし、残したい音でもあった。白坂さんご自身も、辛い経験をされている中で、大病を患い、現在も病気と闘いながら鉄を叩き続けている。お客さんのため、亡くなった妻のため、人は人に支えられていることをまじまじと実感させられた。こういう時代だからこそ、こうした、古き良き音は私たち、ラジオディレクターが少しでも、出会い、録音し、音の記憶として、後世に残すことの大切さを感じる番組制作となった。

2019年7月29日 (月)

夜明けの海岸で人馬一体~もうひとつの相馬野馬追

2019年7月29日~2019年8月4日放送 
ラジオ福島 編成局・放送制作センター 深野健司

【番組概要】
7月27日から29日まで南相馬市を中心に開かれる「相馬野馬追」。戦国絵巻さながらに甲冑姿の騎馬武者が町を練り歩き、一斉に集います。その「相馬野馬追」に出場する馬は6月に入ると早朝、海に向かいます。本番に向け、夜明けの海岸を一直線に駆け抜ける毎年恒例の風景です。騎馬武者はここでのトレーニングでまさに人馬一体となり、本番を迎えます。相馬野馬追に参加する騎馬会長や、魅力に惹かれ参加するようになった神奈川県の男性はどんな思いで、この海岸に馬を走らせているのでしょうか。

【制作意図】
「相馬野馬追」の印象は華々しい7月27日から29日の3日間の行事がほとんどですが、その陰には地元住民が演じる騎馬武者が休みなく日々自分の馬の世話をし、調教している姿があります。ちょうど今年の「相馬野馬追」が終わる頃の放送ですが、出場する皆さん、支えている皆さんの努力を全国の皆さんにご理解いただきたいです。

【制作後記】
烏崎海岸の調教は以前から取り上げたい音声でした。しかし、砂が柔らかく深い場所での調教と、砂が濡れて固く締まった海辺の調教にこれだけの音の違いがあるとは想像していませんでした。 「百聞は一聴にしかず」でしょうか。午前2時30分に取材に出発した甲斐がありました。

2019年7月22日 (月)

知ってる?歴史ある和歌山県民歌

2019年7月22日~2019年7月28日放送 
和歌山放送 報道制作部 柘植義信

【番組概要】
荘厳なメロディーに乗せて紀伊半島の情景と人々の心のありようを歌い上げる和歌山県民歌。歌詞には浜木綿や常春、くろしおなど南国を表現する歌詞が並ぶ。この県民歌、戦後の復興を願う篤志家の提案がきっかけになって懸賞金付きの公募で実現した。選者は郷土のの文豪佐藤春夫、作曲は日本を代表する作曲家の山田耕筰が担当した。国体の開会式など大きな式典などでは歌われてきたが、県民歌制作の思いに反し、県民にはあまり定着してこなかった。和歌山でも雪が降り積もったり、山深いところもあるので、黒潮が流れる常春を唄う県民歌に違和感を感じる人もいるようだ。長野県の人は県民歌をだいたいの人が歌えるという。和歌山県でも県民歌評価する声が一部で上がり、県民歌を歌おうという運動が始まった。知事も率先して歌い、PRに努め、その機運を盛り上げようと期待を寄せている。「いやさらに伸びよさかえよ、ふるさとは常にほほ笑む」と歌詞は結んでいる。歌ができて70年あまり。時代は昭和から平成、令和になった。過疎と高齢化が進む紀伊半島の南端にある和歌山県に住む人々が歌の原点になった「平和への願いと復興と発展」を今改めて考えるきっかけにしたい。

【制作意図】
戦後の混乱期、後世に残るものをとの願いからある篤志家が持ちかけ企画された和歌山県民歌。学習机が840円という時代に1万円という破格の懸賞金が付き作品の募集が始まった。郷土の文豪佐藤春夫が歌詞の選者に。作曲は日本を代表する作曲家山田耕筰が担当した鳴り物入りの県民歌。しかし国体など大きな行事の時以外はあまり歌われることがなく、県民への定着率は今ひとつ。長野県のように多くの人が親しんでいないようだ。しかし荘厳なメロディーに乗り、選者の春夫がいう情緒豊かに風土や県民気質を歌い上げている歌を高く評価する人もいる。後世に残るものをという篤志家の志を受け継いでいこうという機、運もではじめた。地方では、過疎と高齢化、都会への一極集中などで地域の衰退が続いている。「いやさらに伸びよさかえよ、ふるさとは常にほほ笑む」と歌は締めくくっている。歌ができて70年あまり。平和な時代が続いて欲しいという願い、心が折れそうになったとき和歌山県に住む人が心に刻みたいがことばがこの歌にあることを広く伝えていきたい。

【制作後記】
制作担当者は自分の出身地、東京の歌が歌えません。和歌山でこの歌を知り、ふるさとを持つ人がふるさとへの強い思いや地域発展への熱い希望を知りました。地方の活力が減退し、都会への一極集中がさらに進んでいる今日、地元のラジオ局がこうした歌を紹介することで地域に生きる人や他の土地に移り住んだ人の心が折れそうになったとき、心の礎になればと思いました。令和の時代が始まりました。どんな時代になるのでしょう。この歌ができた当時の復興と発展、平和を願う気持ちをラジオを通していろいろな形でリスナーに伝えていくことが私たちにできる一つの地域貢献ではないかと感じています。情報発信の手段としてのラジオ放送はこれからも生きていくと考えるからです。

茨城初のプロ野球チーム 茨城アストロプラネッツ~1年目の挑戦~

2019年7月15日~2019年7月21日放送 
茨城放送 編成局編成制作部 首藤美穂

【番組概要】
今年4月、茨城県に県内初のプロ野球チームが誕生しました。日本プロ野球独立リーグルートインBCリーグに加盟している「茨城アストロプラネッツ」です。開幕から2か月、県内初のプロチームは地域に受け入れられているのか。「地元茨城を盛り上げたい」という思いで誕生したチームの今を取材しました。

【制作意図】
1年目をとりあげるのは今年しかない!と取材をお願いしました。話を伺い、チーム作りや認知度の低さなど、1年目ならではの難しさだけでなく、少しずつ応援の輪が広がっている様子を実感しました。私設応援団の声を中心に入れることで、地域に受け入れられていく様子が感じられるよう制作しています。

【制作後記】
球団代表の山根将大さんとの出会いは、2016年12月に球団がBCリーグ準加盟承認の取材をしたことがはじまりでした。そこから2年半、取材を続けることで私自身、茨城のスポーツチームに目を向けるようになりました。茨城アストロプラネッツはもちろんですが、放送を聞いた方が地元のスポーツチームに少しでも興味を持つきっかけになったらうれしいです。

2019年7月 8日 (月)

鐘舎 Bell Shelter~小豆島の音を集めたアート~

2019年7月8日~2019年7月14日放送 
西日本放送 報道制作局 報道業務部 奥田麻衣

【番組概要】
3年に1度、瀬戸内の島々を舞台に開催される『瀬戸内国際芸術祭』。今年4回目を迎え、会期を春・夏・秋の3シーズンに分け、四季折々の瀬戸内の風景とともに現代アートを楽しめます。この芸術祭に今年初参加となったのが、中国のアーティストDadawa(朱哲琴)さん。歌手や音楽プロデューサーとして活躍し、「音に興味がある」というDadawaさん。瀬戸内の島々の一つ香川県小豆島でどんな音に興味を持ち、どんな作品を制作したのでしょうか。

【制作意図】
音に興味があるという音のプロが作る音のアート・・・想像しただけでワクワク!「人々を感動させられる音の空間を作りたい」。Dadawaさんが興味を持った音、作品を通して小豆島の新たな魅力を伝えられるのではと思い取材したのですが、そこには想像を超えた音の空間が待っていました。

【制作後記】
Dadawaさんが小豆島で集めた音は約100種類。その中から作品に取り入れられたのは、5箇寺の鐘の音と醤油蔵での作業音(醤油を醸造する木桶に棒を入れてかき混ぜた際に出る音)でした。制作するにあたってDadawaさんが大切にしたのは「島に根付いてきた音を生かす」ということ。その音が小豆島にとってどんな存在なのか。歴史や伝統を学んだり、地元の方々にお話を伺ったりと小豆島に寄り添った作品作りが印象的でした。「地元の方が訪れることで、より魅力ある作品になると思う。作品を作れて幸せ」。Dadawaさんの作品は3シーズン通して展示。まもなく夏会期(7月19日~)がスタート。地元の方はもちろん多くの方に作品の一部として鑑賞し、音のパワーを感じていただきたいです。私は香川県に住んで7年になりますが、小豆島にこんな音があったのかと感動の連続でした。その感動を上手く伝えられたのか・・・。ラジオ制作歴“未”と記しましたが、実はこれまで制作経験ゼロ。企画、構成はおろか、録音機や編集機の使い方すら知らず・・・。それでもDadawaさんが見つけてくれた素敵な音を、魅力を、届けたい一心で音を紡ぎました。放送を聴いて小豆島に少しでも興味を持っていただければ嬉しい限りです。

 

茶市ん風が瀬戸に吹く~佐世保早岐茶市

2019年7月1日~2019年7月7日放送 
長崎放送 ラジオ局制作部 藤井真理子

【番組概要】
長崎県佐世保市の南東部に位置する早岐。地区が面する早岐瀬戸は大村湾と外海である佐世保湾をつないでいて、最も狭いところでは10メートル余り。潮の干満によってはさながら川のようです。
その早岐瀬戸沿いに開かれるのが400年の歴史をもつ「早岐茶市」です。茶市の始まりは、農閑期に農産物と海産物を持ち寄って交換したこととされ、現在は5月から6月にかけて三日間づつ4回、合計12日間開かれます。地元では「茶市ん風にあたるぎんた、そん年は風邪ひかん。」…「茶市で風にあたると、その年は風をひかない。」と言い伝えがあるほど、地域に根付き、親しまれている茶市です。
今年も5月に入り、出店の準備が始まりました。一年ぶりに再会する顔、お店同士、そしてお客さんとの再会を喜びながら茶市が始まりました。煮干しを売る寺崎さんは出店して52年。茶市の思い出を話してくれました。若い頃は、自分で採ったワカメを売っていたいう小山さんは87歳。今は手作りの漬物を売っていますが、今年が最後の茶市と言います。

【制作意図】
安土桃山時代から続いていると言われる伝統の茶市ですが、時代の流れの中で少しずつ変化しています。出店している皆さんの事情も一様ではありません。茶市が開かれる早岐地区の風土、茶市の歴史と賑わいを紹介しながら、茶市に寄せる人々の思いを伝えようと制作しました。

【制作後記】
最終日を迎えた茶市に87歳の小山さんの姿はありませんでした。番組中では敢えて触れませんでしたが、自宅で転倒して怪我をしたそうです。伝統の茶市ですが、ここにも高齢化の波が押し寄せています。また、早岐茶市は7、8、9の付く日、例えば17日や18日などに開くの慣習ですが、集客を考えて週末の開催を検討したり、河川工事に伴う開催場所の変更を検討するなど、伝統の茶市も曲がり角に来ていることを感じました。

半世紀以上の歴史を持つ録音構成番組。全国の放送局がその土地ならではの風俗をそこでしか聞くことのできない音とともに紹介します。

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