2013年1月16日 (水)

港川人を求めて

2013年1月21日~2013年1月27日放送
ラジオ沖縄 制作報道部 金城奈々絵

 日本の人類学の歴史の中で最大の発見である港川人の化石は、一人の実業家の情熱によって発掘されました。

今をさかのぼることおよそ40年前。当時沖縄県那覇市でガソリンスタンドを経営していた大山盛保(せいほ)さんは、自身の家の近所に農園を築き、給水用の池を作ろうと石材を購入します。その中にイノシシの化石を発見したことがきっかけで採石場に足を運ぶようになり、社長業の傍ら発掘に挑み続けたのです。

一般人の取り組みで、研究者に認めてもらうまでには年月を要しましたが、大山さんは諦めませんでした。「動物のあとには、それを食料とする人間がついてくる。イノシシの化石があるなら、そこに人骨化石も存在するはずだー。」
大山さんのゆるぎない信念は港川人骨の出土に結びつき、人類学の謎を解き明かす大発見へとつながりました。

 本作では、生前の大山さんの声やご家族のインタビューを通じて港川人の発見への情熱を伝えます。同時に大山スピリットをうけつぎ現在も発掘が続けられている沖縄の人類学研究についてお届けします。

2013年1月10日 (木)

町の粉ひき水車

2013年1月14日~2013年1月20日放送
熊本放送 ラジオ編成制作部付 宮川理佳

 熊本県菊池郡大津町にある製粉所「大村彦水車」。
こちらでは、創業200周年を迎えた今でも、近くを流れる川の水を利用し、水車で小麦やそばをひいています。6代目当主の大村彰一さんは、水車小屋の音を聞きながら、水車の回転速度を調整し、じっくりと粉を仕上げています。現役で仕事をする水車が姿を消していく中、大村彦水車には、水車でひいた粉を求めてやってくるお客さんが多くいらっしゃいます。

しかし昨年の夏、大村さんの水車は1ヶ月間操業を停止せざるをえなくなります。
自然の流れに寄り添いながら暮らす当主としての想いを、水車の軽やかな音と一緒に、全国の方々にお届けしたいと思います。

2013年1月 4日 (金)

変わりゆく街と和菓子~甘い湯気の中で~

2013年1月7日~2013年1月13日放送
茨城放送 業務局制作部 西村紗彩

 舞台は、水戸の銘菓「水戸の梅」が特に美味しい、と人気の老舗和菓子屋です。
発案当初は、伝統の職人技を音で表現しながら、30代にして仕込みを任されている若き6代目と、先代の父親、それぞれの考えを伺おうと思っていました。 しかし、取材をしてみると「お菓子は変わっていくもの。古い味に執着しない」と父子の考えは一致。 さらに、仕込みも「うまい職人は、音はあまり立てない」と言われ、音の 拾い方にも悩みました。

結果、長く店を構えているからこそ語れる「街の移り変わり」に「和菓子の移り変わり」を重ねあわせて、作業が進むにつれて微妙に変化する、餡を炊く音・もちをつく音にのせて構成しました。餡の釜ギリギリまで近づて、数分間マイクを構えていると、釜から飛ぶ熱々の餡子を腕、顔、マイクに浴びました。餡を炊く湯気や、もち米を蒸かす湯気など、あま~い湯気が立ち込める中での取材だったので、その香りまで届けられていれば幸いです。

取材中にいただいた、炊きたてのあたたかい餡子を、つきたてのやわらかいお餅で包んだ、まさにできたての餡餅の美味しさは忘れられません。

2012年12月25日 (火)

千代田せんべい ふる郷に響く

2012年12月31日~2013年1月6日放送
中国放送(RCCフロンティア) 板倉由布子

 
どこの土地にもあるだろう、お土産せんべい。
小さい頃から食べてきたわけでもないのに、何故か噛んだ瞬間に「懐かしい!」と感じます。
でもフランスの郷土菓子を懐かしいと思わないのは、やっぱり日本人だからでしょうね~とパティシエでありせんべい職人の祥子さんは笑います。

初めてお店に来た子どもが、ケーキではなくせんべいを欲しがることもあるそう。
しかしこのせんべい、1.5kgの鉄の型を、50℃にもなる焼き機の前でひたすら2時間焼き続けなければいけません。それでも出来る数は80枚。体力と忍耐の仕事。でも楽しいんだそうです。

ちなみに千代田という地名は合併により今はありません。
その名を残す。懐かしさと愛しさが詰まった、ここにしかないせんべいです。



2012年12月21日 (金)

盛岡弁で囲む芋の子会

2012年12月24日~12月30日放送
IBC岩手放送 照井達也


 みちのくの小京都ともいわれる盛岡市。「あのなはん」「そうでがんす」など盛岡市の中心部に伝わる方言「盛岡弁」は、優しい語り口が特徴です。しかし近年、盛岡弁を街で聞かれる機会は少なくなりました。
そこで、大切な方言をいつまでも残していきたいとの思いから、今回の題材となりました。
そこで出会ったのが、「盛岡弁に親しむ会」。会では、盛岡弁を後世に伝えようと、盛岡弁でわらべ歌やカルタなど作成し、継承に努めていました。

今回は、秋の鍋料理、芋の子会を楽しみながらの集まりがあるということでお邪魔しました。
当日は、芋の子汁を食べながら、近況や昔話に花が咲き、「昔は岩手山の雪解けの進み具合など、自然の様子を見てそれを時計代わりにしていた」、「最近は田んぼも減り。カエルやホタルなど見られなくなった」など、懐かしい話が多く飛び交っていました。

2012年12月14日 (金)

ことばでつながるふるさと~津軽弁の日 25年~

2012年12月17日~12月23日放送
青森放送 ラジオ編成制作部 山本鷹賀春

 青森県の西側、津軽地方で話されている方言「津軽弁」。かつては「汚い言葉」とされ、県内の学校では津軽弁を使わないよう、生徒へ指導していた時期もありました。そして時が流れ、今では「本当の津軽弁」を話せる人も少なくなりました。

そんな中で25年間続けられてきたのが毎年10月23日に行われる「津軽弁の日」のイベントです。津軽弁で書いた俳句・短歌・川柳・詩・体験記を広く一般募集し、本物の津軽弁が話せる役者がステージで」紹介しています。

25年目の今年は1632作品が寄せられ、そのうち半数は県外から、海外からも14作品が届きました。
そこには日常生活の素朴な笑いや、望郷の想いが綴られています。

 忘れられようとしている地元の方言が堂々と共通語となる日。この「津軽弁の日」がこれからもずっと続いて欲しいと思います。
なお、録音の中で流れている津軽三味線のBGMは、ステージで発表される作品に合わせて、即興で演奏されたものです。

2012年12月 4日 (火)

広い海の小さな主役

2012年12月10日~12月16日放送
南日本放送 ラジオ制作部 住吉大輔


 黒潮と対馬海流と2本の暖流が流れる鹿児島は全国有数の「シラス」の産地。
特にシラスの親のイワシの産卵水温に適した春と秋から初冬にかけては、そのピークを迎える。

東シナ海に面したいちき串木野市でシラス漁を手がける大久保匡敏さんは、鹿児島産シラスをもっと知ってもらいたい、もっと楽しんでほしいと、シラス料理の店を開いている。

 豊かな海を支える小さな主役を「音」で追った。

2012年11月26日 (月)

島根 石見神楽~一夜、こだます神楽囃子~

2012年12月3日~12月9日放送
山陰放送 放送制作部 田中亜矢



 2012年、今年は古事記が編纂されて1300年を迎えた年。
島根県では「神話博しまね」と題し、夏から秋にかけ
様々なイベントが開かれ、中でも、島根県西部、石見地方の伝統芸能、石見神楽(いわみかぐら)のステージは大人気でした。

 最近ではイベント色も強くなった石見神楽ですが、本来は秋の収穫期に自然や神への感謝を表す神事の前夜祭として、神社やお宮で、夜を徹して朝まで舞う奉納神楽です。石見地方では、秋祭りの時期、毎晩のように、どこからか笛や太鼓のお囃子が聞こえてきます。今回は、江津市都野津町の大年(おおとし)神社にお邪魔し、一晩取材させて頂きました。実は私が生まれた隣町で、私自身も子供の頃、地元の神社でみんなと一緒に夜通し神楽見物をした思い出があります。

 夜
8時から朝6時まで、神社の境内にある舞殿で、この日は浜田市の西村神楽社中が、「恵比寿」や「大蛇」など15もの演目を舞いました。舞台をかぶりつきで見物する観客達大人にじって子供たちの姿も。斎燈(さいとう)と呼ばれる焚火も明るく燃えていました

番組では、神楽囃子はもちろん、見物客の声や、パチパチと音を立てる斎燈の音などもお伝えします。
   

2012年11月22日 (木)

古(いにしえ)から伝わる神との会話、宮古島の神歌

2012年11月26日~12月2日放送
琉球放送 アナウンス室 狩俣倫太郎 

沖縄県は宮古島には何世紀も各集落だけで歌い継がれる唄がある。
それは御獄(うたき)とよばれる、村の聖域で神事の時に唄われるもので、唄うのは選ばれた神の遣いである女性たちのみ。

神事に費やすのは年間70日にもおよび宮古島の人々の生活の中心に神との会話があることがわかる。いわゆる沖縄の民謡とも異なる宮古島独特の神唄と、その世界観を紹介します。

2012年11月14日 (水)

魔法の杖、作ってます。

2012年11月19日~11月25日放送
北日本放送 報道制作局 報道制作部(ラジオ) 熊野 智元

 
富山県南砺市福光にある「南砺バットミュージアム」は、野球ファンの天国です。

日本プロ野球の歴史に残る選手、助っ人外国人、マニアックな選手まで、500本のバットが飾られています。放送では阪神の掛布選手のバットを素振りしましたが、実は落合や王のバットも振らせてもらいました。プロ野球選手のほとんどのバットが、この福光という町から生まれ、いまも生み出され続けています。

ちょうどCS期間中に取材をしていたので、ある工場では「昨日の試合はウチのバット大当たり!」なんて話も聞けました。(メーカーとの契約上、選手の名前を明かせないところが多く、放送はできませんでしたが…)この町のバットに携わる方はみな一様に野球が好きで、自分が携わったバットを使う選手の活躍を、自分のことのように喜びます。たぶん昔も今も、この町の人たちは同じように、試合のたびに一喜一憂していたんだと思います。

ただの木の棒が、こんなにも人を熱狂させる。忘れられないシーンが生まれる。「バット」という名の木の棒をずっと作ってきた町。いまも選手とともに一喜一憂する職人さん。これは、野球が好きで好きでたまらない町のお話です。

半世紀以上の歴史を持つ録音構成番組。全国の放送局がその土地ならではの風俗をそこでしか聞くことのできない音とともに紹介します。

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