2004年11月29日 (月)

園長先生は97歳

長崎放送  ラジオ制作部  中川原 真紀


皓台寺幼稚園は、歴史あるお寺が立ち並ぶ長崎市寺町にあります。寺町の中で唯一修行僧がいる禅宗のお寺・皓台寺の境内にあり、今年で創立55周年。

その皓台寺幼稚園の園長、小笹サキさんが今回の取材対象です。戦後、夫と朝鮮半島から引き揚げてきて、幼稚園の開園と同時に就職。41歳のときでした。

当時幼稚園教諭の資格を持たなかった小笹さんは、休みを利用して大学の研修を受け単位を取得し、10年かけて一級免許をとりました。昭和38年に園長に就任。

少子化と長崎市中心部のドーナツ化現象で、創立当時120名以上いた園児は今では全部で41名。私立幼稚園の経営が厳しくなり他の園の閉鎖も続く中、大切な幼児期の教育を自分の命ある限り続けて行きたいという園長先生です。

97歳の園長先生は毎日幼稚園に出て、自らピアノを弾いたり子供たちと遊んだり…。園長先生の周りには、やしゃご ほども年の離れた園児たちの笑顔と歌声があふれています。

2004年11月22日 (月)

ドンのおじさん今日も行く

秋田放送  ラジオ放送部  長尾 景一

角館町に住む、林崎光一さんは67歳。
中学卒業後、52年間に渡って米菓子の加工販売に携わっています。

秋田ではその作るときの音はら「ドン」と呼ばれ親しまれている林崎さんの仕事ぶりに密着して取材しました。

インタビューなどから人柄を知ってもらえるとうれしいです。

2004年11月15日 (月)

レゲェが響く港町

静岡放送 ラジオ局制作部  白石 理子

静岡県焼津市の港町で育った松村ユウジさん。
彼はレゲェシンガー「PAPAU-GEE(パパユージ)」として地元でも親しまれています。彼が歌う「焼津港」という歌にこめた“想い”をテーマに作成しました。

古くから“マグロの町・カツオの町”として賑わいをみせる静岡県焼津市。昨今「活気がない」と言われるこの“焼津魚港”。しかし本当にそうだろうか?

松村さんが歌うレゲェ「焼津港」そして共感する若者たち。
想いは同じ、“故郷焼津を愛し、自分たちの表現方法で焼津を盛り上げて行こう!”
この想いを松村さんの語る焼津漁港の昔話や、歌に対する想い、また、魚市場で働く人に聞く焼津漁港の現状などを交え、聞く人の耳から心へ伝えます。

「これだ!」と、このネタに決めたのは、松村さんのこんな話を聞いたからです。

「マグロの“せり”をする声がレゲェに似ている。
もしかしたら俺がレゲェに惹かれたのはそのせいかもしれない。」

“せり”と“レゲェ”似ているのか~? 一見、まったく別物だからこそ面白い! そして実際に焼津港で“せり”を聞いてみると、あぁ、納得!
この発見を皆様にも伝えたいと思ったのがきっかけでした。

松村さんこと、「PAPAU-GEE(パパユージ)」が歌う「焼津港」。
歌詞の中に♪ワラワラワッサン ワラワラワッサン なりひびく♪
このフレーズ、焼津弁かと思いきや、なんと漁港に響く場内アナウンスの音のこと。

「○○さん○○さん お電話です」と、このアナウンスを早くテンポよく読んでみて下さい。

上記含め、番組中に流れる歌と焼津魚港の音を聞き比べてみてください。

2004年11月 8日 (月)

時代(とき)をわたる鼓動

文化放送 報道制作部  石川 真紀

日本の伝統文化、和太鼓の技と個性を競う、第3回東京国際和太鼓コンテストが、本年10月に開催。

会場となった東京・代々木のオリンピック記念青少年総合センターは、連日満員の盛況、終始熱気に包まれた。その模様をお伝えする。

古来より日本の民俗に深く根ざし、近年は創作アートや音楽のジャンルとしてブームを迎えている和太鼓。

番組では、その和太鼓に情熱を注ぐ人々の思いや、注目されている青少年への教育的効果、また、グローバル化への架け橋としての文化の意義など、舞台裏のエピソードを織り交ぜながら、勇壮な音とともにたっぷりとお届けする。

2004年11月 1日 (月)

やまぎりの子らの詩(うた)

熊本放送 ラジオ編成制作部  小宮 恵子

人吉・球磨の小中学校の教諭でつくる作文の会、発行の文詩集「やまぎり」が創刊30周年を迎えた。

そこに書かれた子供たちの詩や作文には素朴ながらふるさとを見つめた確かな暮らしが描かれている。

子供の作文や詩をラジオエッセイ風に紹介しながらそこでの暮らしを伝える。

「…て感じ」「…とか」というフィーリング語があふれている昨今「やまぎり」には、自分の言葉で描いた確かな暮らしがありました。

子供たちの作文や詩を通して人吉・球磨の30年の時の流れを見つめてみました。

2004年10月25日 (月)

守れ! 四万十のアユ

高知放送 ラジオ編成制作部 笹岡 高志

最後の清流と呼ばれる四万十川(高知県)の天然アユに、赤信号がともりました。

特に昨年、今年の不漁は極端で、危機感を募らせています。その周辺を取材しました。

あまりにも豊かであった自然の惠み。アユの漁獲高日本一であった四万十川は、その後、その地位を放流アユが主体の長良川などに奪われました。

今回のアユ回復運動は、正に自然(アユ)が相手。息の長い取り組みが必要となるはずです。地元局として今後も四万十の動きに注意し、全国発信もしたいと考えています。

2004年10月18日 (月)

砂川学習館と子供たち

青森放送 ラジオ報道制作部 三浦 明子

青森県北津軽郡西目屋村は白神山地の玄関口に位置し、人口約2000人の小さな山あいの村です。

ここに小学生を対象にした体験学習を行う砂川学習館があります。地域の老人クラブの人たちに支えられ、子供たちはノコギリを使って木を切る体験、ワラ細工を利用してワラの座布団作りなど学習館のスタッフと一緒に自然の中で自ら体験することで自然の大切さも学んでいます。

世界遺産に登録された白神山地の麓で、自然の中で、生き生きと体験活動をする子供たち、それを支えるお年寄りの交流を描きました。これは人間遺産です。

2004年10月11日 (月)

一流プロ野球選手を支える養老のバット作り名人

東海ラジオ 報道部 アナウンス課 安蒜 豊三・佐藤 友香

メジャーリーガー、松井秀喜、イチローをはじめ元中日ドラゴンズ、高木守道、谷沢健一、落合博満など、現役・歴代の一流プロ野球選手のバットを手がけているプロバットマイスター、久保田五十一さんにスポットを当てる。

久保田さんは現在61才、この道45年。岐阜県養老町にあるミズノ養老工場で各選手に合ったカムタムメイドのバットを作り続けている。

久保田さんのバット作りにかける思い、選手の信頼を得るに至った、これまでの経緯などを通して、現在の名工、久保田五十一氏の人間像にせまります。

養老工場の作業場におじゃまして、実際の作業を見せていただきながらお話をうかがいました。頑固な職人のイメージではなく、とても穏やかでお話好きな方。

「一流の選手は皆、謙虚」と語る久保田さん自身も、忙しい中、謙虚に丁寧に取材を受けてくださいました。
 
また、健康維持や手のお手入れにも気を使っていて、キレイな手がとても印象的。そんな所からも自分の仕事に大きな責任と誇りを持っているのがうかがえました。

ろくろでバットを削っている音もお楽しみ下さい。

2004年9月13日 (月)

広島の行商・小イワシ細腕繁盛記

中国放送 RCCフロンティア 角 賢直

広島の街角に立ち、小イワシをはじめとした瀬戸内の魚を売る女性。中尾静子さん(84才)は小イワシの行商一筋50年の大ベテランです。

小イワシとは、一般にいうカタクチイワシのことで、広島では昔から刺身や天ぷらにして食べます。

明治43年には、広島に200人以上いた小イワシの行商人も、今では中尾さんを含めて2人だけになってしまいました。

リヤカーを押して歩く中尾さんの「イワシはいりませんか~?」という呼び込みの声は、昔から変わらない広島の音のひとつです。

「もう、あっちこっち痛いんよ。」という中尾さんですが、リアカーを押して歩くスピードは年齢を感じません。しかも取材のあった8月は連日の猛暑。

この元気が行商を50年も続けられた理由なのかもしれないと感じました。

2004年9月 6日 (月)

情熱! 私たちの桜島焼

南日本放送 ラジオ制作部 冨山 貴司

鹿児島県、錦江湾に浮かぶ桜島。その麓にある窯元、桜岳陶芸(おうがくとうげい)では“桜島焼”という珍しい焼き物を作っています。その特徴は、

①桜島の火山灰を粘土に混ぜ合わせる。
②温泉水から鉄分を抽出して、その鉄分を釉薬(ゆうやく)に使う。(※釉薬(うわ薬)は、焼物を丈夫にして水漏れを防ぎ、器に色をつける役割がある)

出来上がった皿や茶碗は、光沢のある灰色や銀色という独特の色合いでとても丈夫です。

桜岳陶芸で始まった“桜島焼”の歴史は30年ほどで、現在陶芸師は女性のみ。工場は明るく活気があり、作品にも自由な発想と繊細な感性が活かされています。
工場隣の販売店は観光客や地元の方々で賑わっていました。

半世紀以上の歴史を持つ録音構成番組。全国の放送局がその土地ならではの風俗をそこでしか聞くことのできない音とともに紹介します。

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