2020年3月 6日 (金)

水海の田楽能舞~池田町に受け継がれる芸能~

2020年3月9日~2020年3月15日放送 
福井放送 ラジオセンター 中村 謙太

【番組概要】
福井県池田町の水海地区は、山に囲まれた自然豊かな場所です。ここに鎌倉時代から伝わる田楽能舞を、能の演目を引き継ぐ父と子にスポットを当てて紹介しています。番組では、直前の本稽古から当日の禊、田楽能舞の奉納と、時系列を追って取材しました。どのように父と子が能を受け継ぎ、当日はどのように舞ったのか、水海の人にとっての田楽能舞の大切さを伝えています。

【制作意図】
田楽能舞が、約750年前の鎌倉時代から、脈々と受け継がれてきたという歴史の重みや、後世に伝えるという水海の人の熱意を伝えたいと思い、制作しました。特に、リスナーに池田の風景をイメージしてもらえるように、囃子、太皷や笛の音色、川の音など様々な種類の音を盛り込みました。

【制作後記】
下駄や雪の音など、小さな音を綺麗に収録できるように、マイクをできるだけ近くまで近づけました。

2020年3月 2日 (月)

令和につなぐ新年の舞い

2020年3月2日~2020年3月8日放送 
四国放送 ラジオ編成制作部 三浦審也

【番組概要】
霊峰・剣山を望む徳島県つるぎ町の伝統芸能「天の岩戸神楽」は、毎年1月1日の午前0時に、町内の松尾神社で奉納されます。神楽は世代交代の時期を迎えていて、舞台で踊るメンバーは今年から30~40代の若手に代替わりしました。令和に受け継がれる伝統の舞いを紹介します。

【制作意図】
過疎化や少子高齢化で伝統文化の継承が難しくなっている中、つるぎ町の天の岩戸神楽は若返りがうまくいっているケースと言えるでしょう。ストリートダンスの経験者が神楽のメンバーに加わるなど、新しい風が起きているのを感じます。令和最初の元日から活気あふれる元気なつるぎ町をお届けしたいと思います。

【制作後記】
「伝統芸能=古くさい」という考え方自体が、既に前時代的なのかもしれません。若い世代や子供たちは、もっとフラットに捉えているようです。新しい年の始まりを告げる神楽は、令和の時代も受け継がれていくことでしょう。

佃煮、時代を歩く

2020年2月24日~2020年3月1日放送 
秋田放送 ラジオ制作部 利部昭勇

【番組概要】
男鹿半島の付け根にある八郎潟。岸辺には佃煮屋が点在します。潟から獲れるワカサギやシラウオ、フナなどを材料に、明治から佃煮作りが盛んに行われてきました。深い雪に閉ざされる秋田では、冬期間の保存食として重宝されてきのです。しかし、平成に入った頃、食生活の変化が佃煮を直撃。柔らかい物を好んで食べる時代の人たちから、そっぽを向かれてしまったのです。起死回生をかけて編み出したのが「ワカサギの唐揚げ」。食感を工夫した新しい佃煮に売り上げが回復しました。時代は平成から令和へ。秋田の佃煮は新たな危機を迎えています。立ち向かうのは、家業を継ぐ決意をした若手経営者たちのグループ「スメルト」。佃煮の、さらに新しい愛され方を模索し始めました。

【制作意図】
地方の時代と言われながら、その実感は皆無と言っていいのが現実。人口流出に歯止めは掛からず、地方には次代を託せる人が激減するばかり。「国破れて山河あり」と言いますが、冗談ではありません。しかし、一方で、故郷の山河を、人を、暮らしを、生業を、文化を愛で、地方再生に立ち向かおうとする人材が、わずかずつ増えています。冷え切った地方経済の中で歩く道は険しい。しかし、彼らの視線の向こうには、はっきりとした「何か」が存在しています。地方で生きるということ。そのために今、起こすべきアクションは?全国に普遍的にある、この問題を、秋田のソウルフードのひとつ、佃煮を通して見つめたいと思いました。

【制作後記】
深い雪に閉ざされる地域では、冬に動物性蛋白質をいかに確保するかが大きな課題でした。その解決策のひとつが魚介の佃煮です。また、戦争中は戦地に赴く兵士たちの保存食として注目され、一般では入手困難な砂糖が、材料として佃煮屋に優先的にまわされたという証言もあります。 佃煮が命をつなぐ主役だった時代が間違いなくありました。今、佃煮は主役になりえないかもません。しかし、この文化が無くなることはないでしょう。なくても生活に支障はないが、あった方が、どこか豊かになれる。
令和の時代になり、佃煮は、そんな存在になっていくのでは?そして、金銭だけではなく、人としての豊かさを失わないために立ち上がった、佃煮店の若手経営者たち「スメルト」の活動を、これからも追い続けようと思います。

 

2020年2月21日 (金)

牡蠣炭火焼き 駅のホームが食堂に。

2020年2月17日~2020年2月23日放送 
北陸放送 野村未来子

【番組概要】
のと鉄道の穴水駅では、冬の2か月間、朝、七尾湾で水揚げされたばかりの牡蠣を炭火焼きで味わえる食堂が開店します。かつては能登半島の先端まで通じ、住民の生活の足として欠かせない存在だった のと鉄道ですが、現在は中間点であった穴水駅が終着駅になってしまいました。鉄道の利用促進と、終点である利点を生かし考えられたのがホームを食堂にするという取り組み。鉄道ファンのみならず、県内外から多くの人が、鉄道と冬の味覚、牡蠣のコラボレーションを愉しみに訪れます。そして、この食堂の魅力は店員が鉄道マンであること。駅長さんや整備士、運転士がこの時期ばかりはエプロンをして接客をします。慣れないまでも一生懸命、楽しそうに働く鉄道マンを取材しました。                                                          

【制作意図】
海沿いを走るローカル線に揺られながら辿り着く終着駅。その小さな駅で、冬の間だけ開店する牡蠣の炭火焼きの食堂。旅愁を感じさせる鉄道の音と炭火のほっこりとした温かい音、一生懸命に慣れない接客をする鉄道マンたちの姿を表現しようと思いました。

【制作後記】
取材を通して、のと鉄道の職員さんたちの生き生き働く姿に感銘を受けました。その接客ぶりは本職顔負けです。皆さんが口を揃えて言うのは「鉄道も食堂も、おもてなしという点では同じ」鉄道マンの神髄を見た気がしました。

笑顔が開くシャッター通り

2020年2月10日~2020年2月16日放送 
山口放送 ラジオ制作部 千田 正秀

【番組概要】
人口14万人に満たない山口県東部の岩国市。市の中心部、JR駅近くにある中通商店街は普段は人通りが少なく、シャッターを下ろしたままの店も目立ちます。そんな地方都市にありがちな小さな商店街が月に一度、多くの人でにぎわっています。それが10年前に始まった軽トラ市、「軽トラ新鮮組」が開かれる日です。番組では「軽トラ新鮮組」当日の様子を軸に、このイベントを企画した商店街理事長の   商店街に寄せる思いを紹介します。

【制作意図】
笑顔が印象的な商店街理事長の紳士服店店主、藤田信雄さん。「軽トラ新鮮組」は藤田さんを中心にして商店街の店主たちと農家のおじさん、おばさん、そして地域住民が結び付くことで10年続いてきました。何もしなければ文字通り「死んだ」商店街になっていたかもしれない中通商店街を「生きた」街にしているのはそこに人々の笑顔があったからだと思い、今回のサブタイトルを「笑顔が開くシャッター通り」としました。売り手と買い手双方が楽しみにしている「軽トラ新鮮組」の賑わいの一端を伝えます。                       

【制作後記】
自分自身、同じような地方都市の商店街を遊び場にして育ち、進学で街を離れ、帰省の度にシャッターが閉まったままの店が増えていくのを寂しく見ていました。地元の商店街は結局アーケードを解体して街の形を変えましたが、中通商店街は「昭和の商店街」の匂いをとどめながら今も地域に根を張っています。「軽トラ新鮮組」から派生した様々な企画も人気で、中でも獺祭で知られる旭酒造をはじめ岩国市にある5つの酒蔵の酒と「軽トラ新鮮組」の生産者たちの食材を地元の飲食店主が 調理したアテが楽しめる「麻里布酒祭り」は毎回1万人近い吞兵衛を集めていて、それこそ 客の肩と肩が触れ合う賑わいです。酒好きな私も過去にプライベートで足を運んだことが あり、まさに「人、もの、こと」がクロスする商店街です。今回の取材の際には晩御飯のおかずや食材を調達させてもらいました。    

2020年2月 7日 (金)

つなぐ~家康が眠る1159段までの近道~

2020年2月3日~2020年2月9日放送 
静岡放送 ラジオ局編成制作部 和田紗弓

【番組概要】
静岡市には、国宝で徳川家康が眠る久能山東照宮と、富士山を望む景勝地、日本平の二大観光地があります。その2つをつないでいるのが、「日本平ロープウェイ」です。ゴンドラにはガイドが乗り込み、ゴンドラから見える静岡の風景や、久能山東照宮の歴史を独自の語り口で解説してくれます。しかし、ロープウェイが開通する前は、「イチイチゴクロウサン」と親しまれていた石段を登らなければ、久能山東照宮へ参拝することができませんでした。その「イチイチゴクロウサン」のくだりをはじめとする、静岡への思いが、名物ガイドの鈴木美音さんから、今年1月にデビューした新人ガイドの大塚朋美さんへとつないでいきます。

【制作意図】
静岡市の二大観光地をつなぐ「日本平ロープウェイ」。そのゴンドラの中で、ガイドが独自の語り口で「静岡」というものを伝えているのが風物であると感じ、このテーマにしました。実は、久能山東照宮へ参拝するには、日本平からロープウェイに乗るルートと、久能山側から1159段の石段を上る2つのルートがあります。ガイドの中には、ロープウェイが開通する前は、1159段の石段を「イチイチゴクロウサン」とシャレを言いながら登っていたことが語られています。この静岡の古き良き風情を感じるガイドに焦点を当て聞かせることで、50年前のガイド、現在の名物ガイドの鈴木さん、新人ガイドの大塚さんへと語り継がれ、静岡への思いもつながっていることを伝えたいと思いました。

【制作後記】
日本平ロープウェイの名物ガイドの鈴木さんに密着していると、研修中の大塚さんに出会いました。取材をすると、大塚さんのガイドの中にも、開通当時から引き継がれているガイドのくだりが含まれていることを知り、「つなぐ」というテーマで番組を制作したいと思いました。富士山と徳川家康をつないでいるロープウェイの中のガイドを聞いていただき、皆さんの頭の中に、静岡の風景が浮かんでくれたらうれしいです。

広島親子三代 この街でビールをつぐ

2020年1月27日~2020年2月2日放送 
中国放送 RCCフロンティア 大橋綾乃

【番組概要】
広島市の中心部にある繁華街・流川で、連日行列ができる「ビールスタンド重富」。重富酒店の倉庫の一角に設けられた店舗は、わずか3坪の敷地ながら「うまいビールが飲める店」として、全国からお客さんがやってきます。営業は1日2時間、注文できるのは1人2杯までと、一風変わった業態のお店を始めたのは、重富酒店の社長で、ビールスタンド重富のマスターでもある、重富寛さん。昭和のサーバーと現代のサーバーを使って、同じ銘柄のビールを注ぎ分けます。「うまいビール」の提供を通して、重富さんが目指すこととは。極上のビールの背景に迫ります。

【制作意図】
流川で育ち、地元を愛する重富さん。この地を元気にするには何ができるのかと考え、自分が得意な「うまいビールを注ぐこと」を思い立ったそうです。集客のための店舗なので、営業時間は短く、「仕事じゃなくて趣味だ」と仰っていました。「ビールスタンド重富」は、流川でやることに意味があります。こだわりのビールが飲める人気店、というだけではなく、地元の活気を取り戻すために活動する姿を伝えます。

【制作後記】
重富さんの地元への愛やビールへのこだわりを聞くと、ビール好きな方はもちろん、あまりビールが得意ではないという方にも、訪れてほしい店だと感じました。また、取材中、ビールを飲んだお客さんの、「うま!」という反応がとても印象的でした。うまいものには人を笑顔にする力がある。それを強く実感する取材でした。重富さんが愛する流川の地、ぜひ訪れてみてください。

雪国に響け おらのスコップ

2020年1月20日~2020年1月26日放送 
青森放送 制作局ラジオ制作部 斉藤暢

【番組概要】
青森県五所川原市で生まれた宴会芸、スコップ三味線。スコップを三味線のように抱え、栓抜きをバチ代わりに叩きます。曲はCD等で再生しますが、まるでスコップから聞こえているかのよう…。
宴会芸とはいえ、究めようとすると奥が深いものです。そんなスコップ三味線の達人である、青森市在住のサフロ吉崎さんに、スコップ三味線の魅力を教えていただきました。

【制作意図】
スコップと言えば今の季節の青森には必需品ですが、それを楽器にしてしまう人たちがいます。津軽三味線のある青森県で、わざわざスコップ三味線に手を出すなら熱い想いがあるはず。軽く見られがちな宴会芸ですが、それが人の心を救うこともあるのです。

【制作後記】
取材にお邪魔するまで知らなかったのですが、吉崎さんは意外な経歴をお持ちの方で驚きました。厳しい状況はいくらでもあったかと思いますが、スコップ三味線があれば笑顔にあふれていたそうです。
細かい音の違いまで教えてくれた吉崎さんですが、スコップ三味線は楽しむことが第一だとしきりに言っていたのが印象的でした。これを機に、少しでも触れる人が増えることを願っております。

2020年1月14日 (火)

南阿蘇に生きる!人々を癒し続ける地獄の湯

2020年1月13日~2020年1月19日放送 
熊本放送 ラジオ局ラジオ制作部付 宮川理佳

【番組概要】
阿蘇郡南阿蘇村にある温泉旅館「地獄温泉 青風荘.」は、200年以上に渡り、湯治場として人々の傷を癒し続けてきました。しかし、2016年の熊本地震、その後の大雨により土砂崩れが発生。建物の約3分の2が被害に遭いました。道路は寸断され、誰もが再建不可能だと感じていた中、2019年4月、温泉の一部を再開。営業をしながら、湯治場としての役割を果たすべく、旅館の建物の再建工事を進めています。地震のみならず、土砂災害の被害を受けてもなお、人々に温泉を届けようと前へ進み続ける「地獄温泉 青風荘.」の河津誠さん。その原動力には、限りない自然の恵みと先人達のメッセージがありました。

【制作意図】
2019年4月16日。阿蘇郡南阿蘇村の観光地「地獄温泉 青風荘.」が温泉の一部を再開させたという嬉しいニュースが届きました。しかし、いざ旅館へ行ってみると、工事中の道路は凸凹で、時折目に飛び込んでくる崩れた山肌はとても痛ましかったです。
ようやく辿り着いた「青風荘.」は、温泉の一つが復活したのみで、これまで人々が宿泊していた建物などは無くなっていました。土砂崩れの形跡が残る周囲の風景を見ると、よくこの3年で復活できたなというのが正直な感想でした。地震と、土砂災害・・・自然の猛威を二度も経験した「青風荘.」が、どうして歩みを止めずに前進できたのか?河津さんの原動力を支えているものには、200年以上の歴史と、自然の恵みがありました。
熊本地震からやがて4年が経とうとしています。自然は毎年のように日本各地で牙をむいています。そのような中、自然と向き合い、先人の姿に思いを馳せ、この地が築いてきた歴史の上で生きていくと決めた河津さんの姿を全国へ届けたいとの思いで制作しました。


【制作後記】
河津さんが「青風荘.」の復活を目指す理由の一つには、被災地の希望の光になりたいという思いもあります。被災地というのは、熊本県内のみならず、毎年各地で起きる自然災害により被害を受けた地域も含まれます。「青風荘.」が復活をすることで、一つのモデルが出来上がります。つまり道しるべとして、傷ついた人々が復活できる道筋を示していきたいそうです。「青風荘.」のことだけではなく、もっと広い視野で前進していらっしゃる河津さん。地獄温泉は、温泉だけではなく、河津さんの姿にも力をいただける場所だと感じました。



ひびけ!とっかん

2020年1月6日~2020年1月12日放送 
信越放送 松井健悟

【番組概要】
同じものでも地域によって呼び名が変わるものがあります。「とっかん」もそのひとつ。コメを膨らませたいわゆる「ポン菓子」のことを指す長野の方言です。主人公は長野市でポン菓子の移動加工業をしている新井敬一さん(77歳)。軽トラックにポン菓子を作る器械を載せて各地を回り、その場で加工するというスタイルを半世紀近く続けています。番組では新井さんに密着取材。今では見ることが少なくなったポン菓子加工という文化を伝え、続けていきたいという新井さんの思いを綴ります。

【制作意図】
今ある日常は、未来の子どもたちには違う景色のように見え、聞こえるはずです。変わらないもの、変わりゆくもの。かつて「とっかん加工」が日常に存在した信州の景色は、私の子どもが大人になった時にはなくなってしまう景色・音かもしれません。半世紀近くポン菓子加工を続けてきた新井さんを通じて、今ある日常を描きたいと制作しました。

【制作後記】
ポン菓子加工をするときには、かなり大きな音が出ます。釜の目の前にいると耳をつんざくほどの迫力ある爆音です。新井さんは、この作業を何万回と繰り返してきているはずです。にもかかわらず、新井さんは「うっとうしいから」と耳栓をしません。年齢もあって、最近耳が聞こえにくくなったそうです。これからも健康に続けていくためにも、耳を大切にして仕事を続けてもらいたい…。マイクを向けながら感じていた、私からのささやかな願いです。

半世紀以上の歴史を持つ録音構成番組。全国の放送局がその土地ならではの風俗をそこでしか聞くことのできない音とともに紹介します。

ブログ powered by TypePad