2018年9月12日 (水)

さあ、お立ち会い ガマガールの油売り

2018年9月10日~2018年9月16日放送 
茨城放送 編成局編成制作部 首藤美穂

【番組概要】
茨城県つくば市にある筑波山は登山や観光にも人気が高い山です。その観光資源のひとつに「ガマの油売り口上」があります。週末に筑波山神社でガマ口上を行っているのが筑波山ガマ口上保存会のみなさん。年配の方が演じることが多いガマ口上と地域の子供たちをつなげようと、ガマ口上保存会事務局長の綾部龍昭さんが2011年「ガマガール」を立ち上げました。地域のおまつりなどで少しずつ人気を集めてきたガマガールの声を通して、ガマ口上の魅力を伺いました。

【制作意図】
ガマの油売りという言葉は有名ですが、実際に口上を聞いたことある人は多くないと思います。そんななか、ガマ口上を地域で披露している女の子たちがいると知りました。話を伺うと、ガマ口上に取り組む子供たちの成長を見守る地域のあたたかい目がありました。綾部さんと子供たちの口上を対比しながら、ガマ口上の魅力や子供たちが取り組む姿を伝えられるよう制作しました。

【制作後記】
女の子たちにガマガールを始めたきっかけを聞いたところ「自分たちよりちょっと上のお姉さんが演じている姿がかっこよかった」という理由が多く、年配の人のものというイメージが変わりました。ガマガールに口上を教えている綾部さんの、「かっこいい、おもしろそうという気持ちで始めてもらって、少しでも地域の伝統について考えるきっかけになるといい」という言葉が印象的でした。

2018年9月10日 (月)

歴史体感!関門海峡の語り部

2018年9月3日~2018年9月9日放送 
山口放送 ラジオ制作部 千田正秀

【番組概要】

平家が滅んだ壇ノ浦の合戦、武蔵・小次郎の巌流島の決闘、4ヶ国艦隊との下関戦争など度々、歴史的な出来事の舞台となってきた山口県と福岡県に挟まれた関門海峡。その海峡沿いの下関市側にある公園ではボランティアの語り部さんたちが毎日、海峡の歴史にまつわる紙芝居を披露し、海峡の景色と共に観光客や市民を楽しませています。番組では「晋作と龍馬~下関戦争その後~」と「怪談 耳なし芳一」の2つの演目を軸に 関門海峡の歴史の一端と語り部さんの活動を紹介します。

【制作意図】
維新150年の今年、維新胎動の地、山口県にも例年以上に多くの観光客が訪れています。そんな観光客たちが関門海峡を彩ってきた歴史に簡単に触れることができるのが、ボランティアの語り部による「歴史体感!紙芝居」です。語り部の皆さんは地元の歴史を多くの人に伝えようと暑い夏の日も寒い冬でも交代で海峡を望む公園に立ち、海峡を舞台にした歴史紙芝居を熱演しています。海峡の景観に想いを馳せてもらいながら、過去へ簡単にさかのぼることができる紙芝居の世界を感じてもらいたいと思いました。

【制作後記】
紙芝居を見ている時の反応が良かったのは台湾から来た家族連れの皆さんでした。語り部の皆さんは外国のお客さんのために演目の内容を英語、中国語、韓国語で紹介した案内書も用意しています。日本人のお客さんは紙芝居に集中して見入る方が大半で、外国からのお客さんは場面場面で「音的に美味しい」リアクションをしてくれて助かりました。   

2018年8月29日 (水)

プールの思い出は静岡おでんとともに

2018年8月27日~2018年9月2日放送 
静岡放送 ラジオ局編成部 鈴木保

【番組概要】
静岡県のソウルフード「静岡おでん」。今ではB級グルメとして全国的に認知されるようになってきましたが、静岡市民にとって静岡おでんは夏休みの思い出の一つでもあります。静岡県静岡市にある大浜プールの目の前には駄菓子屋さんが並び、夏休みになると子供たちで毎年賑わいます。静岡市民は暑い夏、プールに入ったあとに静岡おでんを食べるんです。静岡の大浜プールの目の前にある駄菓子屋さんでどんなやり取りがあるのか、プールのあとに静岡おでんを食べる文化が今も続く様子をお聞きください。

【制作意図】
全国的に「おでん」といえば冬の食べ物ですが、静岡おでんは、夏のプールの後にも食べられてきました。今でもおでんを食べる文化が残っている理由は何か?今の小学生が大浜プールに行っておでんを食べている光景は、他の地域の方が見たら変わった光景ですが、静岡にはおでんの味が夏のプールの思い出とともに思い出される光景を伝えたいと思いました。

【制作後記】
私は静岡出身で、静岡おでんの事はある程度知っているつもりでしたが、取材を通して知る事も多くありました。今回は大浜プールで食べる静岡おでんに着目しましたが、大浜以外にも観光客向けに静岡おでんのお店が新たに開店しています。今回の番組を通して、県外の方に静岡おでんの魅力が伝わって欲しいのは勿論ですが、静岡の人にこそ、当たり前だからこそ意識しない静岡おでんの魅力を再認識してもらえればと思っております。

ふるさと・広島フォーク村~あの日も、今も、これからも~

2018年8月21日~2018年8月26日放送 
中国放送 ラジオ局ラジオ制作部 大森美空

【番組意図】
今から50年前、日本が高度経済成長期の真っただ中にあったころ。
広島に『広島フォーク村』という音楽を愛する若者たちの集いが存在しました。後にスターとなる吉田拓郎氏、浜田省吾氏もアマチュア時代に「村民」のひとりだったフォーク村。ピーク時には400名の村民が在籍し、コンサートを開催するたびに満員の観客を集めていましたが、人気絶頂の中、わずか2年で解散を選びます。村民にとって、フォーク村とはどんな居場所だったのか?たった2年きりの居場所だったのか?フォーク村年少メンバーだった竹本さんにお話を伺いました。

【制作意図】
「『広島フォーク村』いうんが、あったんよ。」・・・村?どこに?フォークソングってそもそもなに?音楽も広島もまだまだ知識が浅い私にとって、フォーク村は未知の世界。知れば知るほど、聴けば聴くほど今の私と同世代である、50年前の村民たちの熱い想いに心打たれ、ここ広島にフォーク村がったことを伝えたいと感じました。自分の青春をふと振り返りたくなるような内容になっていればと願います。

【制作後記】
ナレーション担当のアナウンサーも私も、平成生まれ。レコードは入社するまで触ったことも、見たことすらありませんでした。竹本さんにレコードプレーヤーの使い方を教えていただき、おどおどしながら針を落とした後の「プツプツ・・・」、そして流れ始めたイントロには鳥肌が立つような感動がありました。そんな私たちの隣で目頭を押さえながら音楽に耳を傾ける竹本さんの姿も、とても印象的でした。形ある場所だけがふるさとではないのだと、一音一音、歌詞の一行一行をなぞりながら、感じました。

2018年8月10日 (金)

たまにはぼんやりしませんか?

2018年8月13日~2018年8月19日放送 
秋田放送 ラジオ制作部 加賀屋晃太

【番組意図】
秋田県男鹿市船川港にあるお寺、大龍寺。
日本海と奥羽山脈を望むこともできる歴史ある日本庭園では、四季折々の趣のある風景を楽しむことができます。お寺離れが進む中、大龍寺では独自の取り組みを行って、気軽にお寺に足を運んでもらえるよう取り組んでいます。ある日、大龍寺の住職 三浦賢翁(けんのう)さんが訪れたのは秋田市の歓楽街にあるビル。ここでは月に1度、お坊さんを招いて一緒に一般客とおしゃべりをするイベント『ぼんやりバー お坊さんといっしょ』が開かれています。鐘の音や、寺に流れる湧水の音などお寺にある様々な音に耳を傾けてぼんやり。『ぼんやりバー』でお坊さんとお話しながらぼんやり。

忙しい世の中、たまにはぼんやりしませんか?

【制作意図】
もともとは『ぼんやりバー』の取り組みを知ったことがきっかけで、大龍寺に取材に行きました。すると、お寺ならではの豊富な音や、ユニークな取り組みをしていることがわかりました。その取り組みや、『気軽に足を運んでほしい』という住職の思いを多くの人に知ってもらうべく制作にあたりました。

【制作後記】
正直なところ、取材がなければお寺に足を運ぶことも少ないままだったかと思います。しかし、実際に訪れてみると豊かな自然や、独特のゆったりした時間に魅了されました。番組中には盛り込めなかったのですが、早朝の坐禅会にも参加してきました。坐禅と言えば、警策という、肩を『バシッ』とたたく平たい棒のイメージがありますが、初体験してみると音のイメージよりも重い一撃が…おかげで日ごろの業務もシャキッと頑張れそうです。ぜひお試しください。

 

希望の鐘

2018年8月6日~2018年8月12日放送 
熊本放送 ラジオ局ラジオ制作部 久島健一

【番組概要】
熊本県合志市にある国立ハンセン病療養所菊池恵楓園の鐘。
強制隔離政策の中にあっても病気を治し、ここを退所されていった人たちがいました。
昭和26年から、鐘が老朽化する昭和40年代まで、退所者が園を出て行くときに打ち鳴らされていたそうです。高さ22mの塔に設置されていたこともあり、その近辺の方たちからすると一つの風物詩でもあったようです。その鐘が昨年復元され、また鐘の音がよみがえったのですが、当時の「希望の鐘」の持つ意味とは、入所者の方は現在は意味合いが違うと感じられていました。
その話を、広大な菊池恵楓園の鐘の前で、一度、社会復帰され、その後、病気の再発で園に戻らなければならなかった方に、見送られる側と見送る側の気持ち、そして、復元された鐘の音を聞いてどう聴こえるかを伺いました。

【制作意図】
国立ハンセン病療養所菊池恵楓園に昔存在した、社会復帰される人を見送る時に鳴らされていた「希望の鐘」が復元されたと言う話を知りました。この4月に10年ぶりにラジオ局に異動してきて、どこの放送局もそのことを取り上げていないことを知り、これを伝えるのはラジオの役目だと感じたのがきっかけでした。番組の尺の問題で伝え切れていない部分はありますが、「音」というものは、その時の状況、立場、様々な要因で「同じ音も違う風に聴こえる」と言うことを、苦労された元ハンセン病患者の言葉と共に、リスナーの皆さんと共有できればと思い制作しました。

【制作後記】
音数が多いほうが番組の趣旨には合うのかと思いましたが、最後まで迷い最終的に「自分が純粋に伝えたいことをやろう」と言う思いでこのテーマにぶつかることにしました。
軽々には扱えない内容ですので、マイクを持たず元患者さんのところに通い、納骨堂から、全宗派の仏壇が並ぶ葬儀場、誹謗中傷の葉書、目に見えるものは全て見せて頂いた上で、「希望の鐘」の話をうかがうことが出来ました。広大で自然豊かな静寂の中にある施設ですので、鐘以外目立った音はありませんが、広大な中にある「静寂」を録れればいいと思い、番組の中に封じ込めたつもりです。
私自身、勉強になりましたし、ラジオがこうやって伝えていくべきものがまだまだあるのではないかと感じることができる番組制作となりました。

なんでもないからなんでもある~里山の食堂繁盛記

2018年7月30日~2018年8月5日放送 
信越放送 ラジオ局編成制作部 小森康夫

【番組概要】
長野市南西部、信州新町の山間部に位置する信級地区。かつては信級村として人口1,300人余りが暮らし、小学校も郵便局もあったこの地区は近年過疎化が進み、人口は120人余りに減少し、学校も廃校になるなどいわゆる「限界集落」と呼ばれるようになってしまいました。しかし山野の恵みと勤勉な村の人々の耕作による農産物の生産がもたらす確かな地域づくりが徐々に都市部からの新たな移住者を引き付けている地域として注目を集めつつあります。ここに昨年、一軒の食堂がオープンしました。元の精米所で土壁の誰も使っていなかった建物を借り受け、地元の人々の手と知恵を借りて「食堂かたつむり」として改装、、営業を始めたのが、長野市の出版社オフィス・エムの代表取締役・寺島純子さん。寺島さんは信級の出身ですが、子供の頃に引っ越してしまって以来、信級には親戚演者が残るのみ、という関係でしたが、「中山間地域の可能性を探りたい」と出版業の傍ら、信級に通い、自ら調理場に立ち、料理を提供したり、ユニークなイベントを様々企画し、信級へさらに人々の関心を引き付けるべく奮闘しています。

【制作意図】
山岳県である長野県。人口は他県同様、都市部へと移動、集中し、残された中山間地域には高齢者が暮らすのみ。店舗や行政機関は撤退し、インフラや山林の整備も住民任せ。いざ災害が発生すると、数少ないアクセスが寸断され「孤立化」するなど、様々な悪循環が生まれています。しかし信級地区の人々は昔からの人と人のつながりを大切にし、水路や山林の整備はもちろん伝統の神楽を守り続けるなど、「人」を力とした地域づくりを続けており、その魅力に引き付けられ、少しずつではありますが、若い人々が都市部から移住し、炭焼きの技術を生かした玄米コーヒーの生産や服飾デザインなど新たな展開も生まれてきました。この信級の人々の絆をさらに深め、さらに広く発信しているのが、今回取材した「食堂かたつむり」です。この取り組みは長野県のみならず広く全国で同じような悩みや迷いを抱える地域にも一つのヒントになるのでは、と考え番組として制作しました。

【制作後記】
「食堂かたつむり」の寺島さんはさらに近隣で耕作しなくなった畑を借り受けて綿花やウコンの栽培を始めました。「綿花で綿を取り、食堂で使う座布団を作りたい」「ウコンを使って健康増進の食事を作り食堂で提供したい」と意欲満々。さらに先日は出版を通じて知り合った仲間たちの手を借りて食堂横に井戸を掘ろうと掘削工事も行いました。これからさらに稲の収穫、ブルーベリーの収穫、さらには盆踊り大会の復活など四季に応じて、様々なイベントや企画を用意し発信して、多くの「信級ファン」を作りたいとしています。寺島さんを応援する信級の皆さんも高齢者の方はもちろん、移住してきた若手の方まで着実に増えつつあり、新たな中山間地域の在り方として限界を超えた「限界集落」が生まれるのでは、と大いに期待されています。引き続きこの地域に足を運び、山岳県長野県のラジオ局としての番組制作を続けてみたいと考えています。

2018年7月31日 (火)

甲府のまちなかブルワリー

2018年7月23日~2018年7月29日放送 
山梨放送 ラジオセンターラジオ制作部 渡邉 尚

【番組概要】
山梨県甲府市の中心街でひときわ目を引くガラス越しのタンクたち。全国でも珍しい街中にあるクラフトビールの醸造所「Outsider Brewing」。個性的なビールで愛好家を虜にしていた伝説的な醸造所、岐阜県中津川市の博石館ビールでブルーマスターを務めていたブルワー丹羽智さんが縁あって6年前から甲府で醸造所を始めました。甲府の水道水や、山梨の果物の天然酵母でクラフトビール造りをしている丹羽さんが新たに挑んだのがワインの酵母で醸したビールでした。

【制作意図】
クラフトビールの神様と称される丹羽さんが、ワイン酵母で一年かけて熟成させアルコール度数を15%まで高めたクラフトビール「ピットブルバーレーワイン」が今年の地ビールにホ日を決める大会「ジャパンクラフトビアセレクションアワード」でグランドチャンピオンに輝きました。二年連続受賞という快挙です。そんな丹羽さんが甲府のまちなかでビール作りをする理由や、音だけで発酵の進み具合を判断する熟練の技を伝えたく制作しました。

【制作後記】
甲府盆地の暑い夏が始まりました。アウトサイダーブルーイングの新しいクラフトビールは「ウメ」のビール。この季節にぴったりのさわやかな味わいです。ぜひ日本一のクラフトビール「ピットブルバーレーワイン」と合わせて山梨にお越しの際はご賞味ください。

ブラインドサッカー~音と声のスポーツが私たちに教えてくれること

2018年7月16日~2018年7月15日放送 
文化放送 編成局報道スポーツセンター 岩田清

【番組概要】
メダルラッシュに沸いた平昌オリンピック・パラリンピックが終わり、次はいよいよ2020年東京オリンピック・パラリンピック。開催まであと2年に迫り、東京の街も新国立競技場の建設をはじめ、交通インフラの整備やインバウンドの急増を追いかけるようにホテル建設も進むなど日々変貌しています。オリンピック種目になっている各競技ではメダル獲得の期待が高い選手に注目が集まる一方、パラリンピックの競技も大会やイベントも数多く行われています。なかでも車いすバスケットボールやブラインドサッカーは国際大会や日本選手権など大きな大会が東京で開催されるなど、こちらも盛り上がりを見せています。今回番組では、ブラインドサッカー(5人制サッカー)に注目して、この競技の単なるスポーツにとどまらない奥深さを掘り下げます。

【制作意図】
ゴールキーパー以外は、視覚障碍者の選手がプレーします。このため、音と声がプレーするうえでの重要な情報となります。まずボールは、転がると音が出る特殊なボールを使用します。これで選手はボールの位置を確認します。またコーラーと呼ばれるガイド役が敵陣ゴール裏から、攻撃場面でゴールの位置と距離、角度、シュートのタイミングなどを声で伝えます。また守りについてはゴールキーパーが、ピッチの中盤ではサイドフェンスの外側から監督がそれぞれ声で指示を出します。フィールドプレーヤーは「ボイ」(スペイン語で「行く」の意味)という声を出さないとボールを持った相手に向かっていけません。これは危険な衝突を避けるためのルールです。そして観戦者はゴールが決まった時間以外はプレー中に大きな声を出さないというマナーが求められています。今回は、ボールの音、選手の声というまさに「音の世界」からなる試合の様子をお聴きいただくほか、プレーヤーや一般の人も参加できる体験会でのインタビュー取材を通じて、ブラインドサッカーというスポーツの本質が、私たちにとても大切なことを思い出させてくれます。それは「何か」をお伝えします。

【制作後記】
「伝えること」、「コミュニケーション」の大切さは、日常生活のいろいろな場面でいわれていることであり、私たちラジオ放送の制作場面でもリスナーに分かりやすく伝えることは、常に意識していなければならないことです。今回の取材では、伝える側として言葉の選び方から始まり、内容の吟味、取材対象者や番組ゲストインタビューにおいては、相手が言わんとしていることをしっかり汲み取ることの大切さなど、これらは番組作りの基本ではあるのですが、初心に帰る意味も含め、改めて今後の番組作りに活かしていきたいと思います。

博多織777年 織機が奏でるオーケストラ

2018年7月9日~2018年7月15日放送 
RKB毎日放送 ラジオ局制作部 服部義夫

【番組概要】
誕生して今年で777年を迎えた「博多織」。絹と絹が擦れ合った時に出る音=絹鳴りは何とも言えない音がする。その博多織がどうやって作られているのか、その製作過程を見に工場を訪ねてみると、そこには広い工場に35台の織機をはじめ様々な機械が所狭しと並んでいた。それぞれの工程を担った織機が動き出すと単なる機械音だが、それが一斉に動き出すと圧巻の響きが・・・その姿・音はまさにオーケストラ。目をつぶっていると工場がコンサートホールに感じてくる。そんな博多織は今も生活、街に彩を添えている。


【制作意図】
今年、777年を迎えた「博多織」は、伝統芸能、街や生活を彩り、昔から愛され、息づいているが、実際に博多織がどう作られているか見たことがなく、周りでも知らない人が多かった。そこで、今から157年前、文久元年に創業した博多織最古の織り元・西村織物を取材した。そこには、35台の織機が絶え間なく動いていた。一見、無機質な織機の機械音がひとひとつ重なるとオーケストラの演奏のように感じた。その音は、職人たちにとっては、時間と手間をかけて作っているからこそ、思い入れのある音であり、心地よい音であり、心意気やプライドが詰まった音であった。博多織は、昔から人々の生活に密着し、そして後世に伝えていきたい文化であり音がそこにはあった。

【制作後記】
職人がひとつひとつ手作業で織っているイメージの博多織。
もちろん、そういう製法も受け継がれているが、工場に行ってみると織機で一斉に製造していて驚いた。しかし、それは機械任せではなく、職人の目、技がなければ綺麗な博多織はできないと言う。
また、今は織機を製造しているところも、部品もないと言う。今、使っている織機を大事に大事に手入れをしている職人の目・姿は、我が子、孫と接しているようで印象的だった。
守っていきたい伝統、音である。

 

半世紀以上の歴史を持つ録音構成番組。全国の放送局がその土地ならではの風俗をそこでしか聞くことのできない音とともに紹介します。

ブログ powered by TypePad