2006年5月15日 (月)

くじらの町の今・昔~鯨唄の復活~

先月、和歌山県太地町で全国の捕鯨文化を守っている地域が一同に集まり、「第5回日本伝統捕鯨地域サミット」が開かれました。

商業捕鯨再開を目指して「太地宣言」が採択されましたが、会場に自主制作したDVDを配る男性がいました。太地鯨方「角右衛門組」10代目の太地亮さんです。

太地さん自身は捕鯨には関わっていませんが、400年の歴史を誇る地域の伝統文化を後世に伝えようと、途絶えていた「鯨唄」を復活させました。

わずかに残っていた録音テープをもとに新しくCDに収録し、あわせて太地捕鯨の歴史を示す映像資料をDVDに納め、二枚組を完成させました。

そして、日本政府をはじめ全国の伝統捕鯨地域の関係者が集まったサミットで配布し、「太地鯨方」の歴史と商業捕鯨の復活を訴えました。

配布された二枚組はサミットを主催した太地町、(財)日本鯨類研究所をはじめ後援した水産庁や和歌山県にも貴重な捕鯨資料として評価されました。

太地さんはもの静かな小柄な男性で、とても「鯨を捕る海に男」のイメージはないのですが、400年の歴史を後世に伝えていこうとする熱意が強く感じられました。

サミットの会場は水産関係者のみならず、全国から鯨料理の関係者などが集まり、「鯨」一色の一日でした。

2006年5月 8日 (月)

SLを陰で支えた転車台物語

ラジオ福島 編成局放送部 深野 健司

大正末期からSLを方向転換させ続けた転車台。

駅の構内にあり、地味ですがSLには必要な存在です。しかし、SLが鉄道輸送の役割を終えた昭和40年代に多くの転車台も使われなくなりました。

福島県には現在も現役バリバリの転車台がまだいくつか頑張っています。元国鉄OBの瀧田上之助さん(75)が、郡山駅と会津若松駅の転車台を訪ねます。

2006年5月 1日 (月)

よみがえった農村舞台

四国放送 ラジオ編成制作部 新井 明美

農村舞台とは、神社の境内に建てられ、歌舞伎や人形浄瑠璃用の舞台で、農家の人たちの楽しみでした。

昭和42年から調査研究が全国で実施された時、全国の96%にあたる208棟の人形浄瑠璃舞台が徳島にありましたが、その多くは朽ち果てようとしていました。

犬飼農村舞台も例外ではなく、休止状態でしたが、五王愛博さん、はじめ地元の人たちの熱意により、保存会を設立し、復活上演しました。

それ以来、毎年、五王神社の祭礼行事として公演しています。今回も前日の11月2日から取材にうかがいましたが、多くの人たちが準備に追われ熱気にあふれていました。

鎮守の森にひっそりと建っている舞台も当日は800人ぐらいに人たちで境内は埋め尽くされていました。外国人の方もチラホラ。

演目の中に必ず入っている傾城阿波の鳴門、順礼歌の段では目頭をおさえている方が何人か見受けられました。

農村舞台は徳島が全国に誇る文化財。数年前から見直され、なくしてはいけないと、2003年には「阿波農村舞台の会」が設立されました。

ほかにもいくつかの農村舞台が発見され、今は7ヶ所で公演されるようになりました。なくしてはいけない郷土の財産と思い取り上げました。

2006年4月24日 (月)

まるおか子供歌舞伎と中座の破風(はふ)

福井放送 ラジオセンター 重盛 政史

日本の伝統芸能のひとつ、歌舞伎。その歌舞伎を子どもたちが上演する坂井市丸岡町。5年前「まるおか子供歌舞伎」が結成されました。

そもそものきっかけは、大阪の中座解体に伴い、破風(はふ)や、どん帳などを無償で譲り受けたこと。

破風(はふ)とは舞台の上にある屋根の形をした装飾物です。町の芝居小屋建設計画を念頭に企画された「まるおか子供歌舞伎」。

伝統ある中座から、北陸の地に引き継がれた破風(はふ)。その下で、地元の子どもたちは歌舞伎を披露します。

2006年4月17日 (月)

車イス犬・ペペのお話

信越放送 ラジオ局編成制作部 松苗 友美

ペペがヘルニアを患ってから3年、金子さんは散歩が何よりも好きだというペペのため、1年365日、雨の日も雪の日も散歩を休んだことがありません。

ヘルニアを治してやれなかった負い目もあるのだと金子さんは語りますが、ネルニアを患った犬と暮らすことは、飼い主にとって決して楽なことではありません。

生活の多くを犠牲にすることになるため、獣医から“安楽死”の言葉を聞かされることも少なくありません。

1日のほとんどをペペと共に過ごし、それを幸せだと話す金子さんに、飼い主の責任という言葉では片付けられない愛情の深さを感じました。

2006年4月10日 (月)

ジンタ奏でて80年・北村大沢楽隊ここにあり!

東北放送 ラジオ局編成制作部 平沼 敦子

宮城県石巻市に、なんと大正末期結成、現在は主に70歳代の農家のおじいちゃん5人のすごいバンドがあります。その名も「北村大沢音楽隊」です。

彼らが演奏するのは、チンドン屋のルーツともいわれる懐かしい「ジンタ」。今や本格的なジンタを演奏できるバンドは全国でもほとんど残っていませんが、彼らは現在も地域のお祭りや運動会の盛り上げ役として活躍し、ついに去年CDデビューまで果たしました。

取材では路上ライブにも密着しましたが、「子供の頃に聞いた!」と懐かしがって立ち止まる人が多いのに驚きました。

お世辞にも整った演奏とはいえませんが、賑やかなのにどこか物悲しく、一度聞いたらついファンになってしまう…。そんな彼らの音楽の不思議な魅力を紹介します。

2006年4月 3日 (月)

金沢 女川 早春のころ

北陸放送 報道制作局制作部 辰巳 一平


金沢の市街地を流れる「浅野川」は流れや景観からもう一つの川「犀川」と対比して、女川と呼ばれています。

この川のほとりには、東、主計という花街があり、そこの芸妓衆が金沢素囃子という伝統芸を護り伝えています。また、加賀友禅の染屋が、今でも浅野川を利用し友禅流しを行っています。

また、この川沿いでは、泉鏡花や徳田秋声、近年では、唯川恵が生まれ育ち、五木寛之が暮らし、作品を生み出すなど文学的土壌もあります。去年、それらの作品を朗読するグループが活動を開始しました。

番組では、この春、行われる春の祭りで披露される素囃子や朗読会にむけて、稽古や練習に励む人たちを紹介し、川と人との関わりを考え、川が護り育てた金沢の文化、暮らしを紹介します。

※この取材を終えて、もう少しこの視点を変えず、川と人との暮らしを追求し、番組化すべく構想を練っています。

2006年3月27日 (月)

再びヒッチコック! ムクドリ来襲!

宮崎放送 ラジオ制作部 福田 英明

宮崎市橘通り。15メートルほどの並木が整然と並び、夜にはイルミネーションが耀きネオンが照らす美しい通りです。

しかし、数年前から暖かい季節、夜になると風を巻き起こし、数百羽単位で黒い集団が飛び交います。その名は人間の生活空間にも慣れた「ムクドリ」。

体長25センチほどの全体が黒っぽい、顔がまだらに白いのが特徴の留鳥(りゅうちょう)です。

都会の小さな隙間、穴、空間を住みかにし、警戒心のため都会の明るいネオンなどの照明が好きという彼ら!

カウントしてみれば約九千羽がこの通り付近を集団で飛び交います。人間の生活空間が好きな「ムクドリ」に対し、「ムクドリよけのムクドリの悲鳴音」が、スピーカーから夜の橘通りに響きます。

2006年3月20日 (月)

花よりだんご! 春一番

西日本放送 ラジオ制作部 池本 惠津子

香川県に古くから伝わる『桃太郎伝説』。

鬼が島や桃が流れてきたという川、桃太郎が育った家、桃太郎ゆかりの地は多い。しかし、なぜか『きびだんご』だけは、香川にありませんでした。

そこで、桃太郎のお姉様と言われている『ももそ姫』を祭っている高松市、田村神社の宮司と、香川県の老舗お菓子製造会社が一緒になって、きびだんご作りに立ち上がりました。

猿、犬、雉が命をかけて鬼退治についてくるほどの、おいしいきびだんご、今までにないものを作ろうと、半年もの間試作を繰り返し、悪戦苦闘の末、ついに完成! その名も『さぬきの国のきびだんご』。

2月3日、田村神社の節分祭で、初めて一般にお披露目されました。さて、そのお味は?

さぬきのクニのきびだんご、それにかける人々の思いや、感性までの過程を追いました。

2006年3月13日 (月)

春の風にのって~長崎ハタ~

長崎放送 ラジオ局ラジオ制作部 橋口 英恵

長崎では凧のことを「ハタ」と呼んでいます。
「凧揚げ」と言えば正月の風物詩ですが、長崎の”ハタ揚げ”は4月から5月にかけて行われます。

今回、長崎でも唯一のハタ専門店となった小川ハタ店三代目店主小川暁博さんに、”ハタ”の魅力などについて、伺いました。

春になると、長崎湾を囲む山々からは色とりどりの”ハタ”が青空に泳ぐ光景が見られます。

半世紀以上の歴史を持つ録音構成番組。全国の放送局がその土地ならではの風俗をそこでしか聞くことのできない音とともに紹介します。

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