2012年1月23日 (月)

魚屋かあちゃん

南海放送 ラジオ業務部 日野 聡

71歳の現役漁師 田川ヨシ子さんを中心に高齢化が進む松山市三津地区の生活をとりあげた。

三津浜という地域はかつて松山への海の玄関として商業が盛んで、瀬戸内海に面していることから漁業の街でもあった。
今では地区の中心であった商店街も閑散とし、漁師も高齢化が進んでいる。そうした中、72歳と七拾壱歳の漁師夫婦がいると聞き取材を始めた。

昨年暮から取材を始め、30時間以上船の上で過ごす漁の様子も収録できればと考えていたが、夫の田川一夫さんが心臓の手術を行ったため当分両に出られず、収録はかなわなかった。
そこで田川ヨシ子さんに的を絞り、小さな魚屋とそこを訪れる人たちの様子を中心に構成した。

1月11日(水)に田川夫妻は今年はじめての漁に出る予定である(1/10現在)

2012年1月16日 (月)

電車でおでん、始めました

東海ラジオ放送 報道部 下岡 陽子

愛知県豊橋市を走るユニークな路面電車、車内でおでんが食べられる「おでんしゃ」を通じて、路面電車の魅力と地元の人たちの思いを伝えます。

豊橋市で5年前に始まった「おでんしゃ」は、電車の中で熱々のおでん・おつまみ・お酒・ビールが楽しめる「走る屋台」です。
会社の忘・新年会での貸切や観光客などに大人気で、予約がとれない状況が続いています。

かつては全国各地で、気軽な市民の足として親しまれてきた路面電車。全盛期の昭和30~40年代には全国67都市で運行されていましたが車社会の進展に伴い、その数は減少の一途をたどってきました。東海地方でも、現在豊橋に唯一の路面電車が残るのみです。

しかし近年、環境保護や高齢化などの観点から、街中を気軽に移動できる路面電車が見直されています。豊橋では、市民団体からの寄付で次世代型車両が導入されたり、市をあげて路面電車を中心とした街づくりを進めるなど、路面電車を守っていこうという動きが強まっています。おでんしゃのようなユニークな企画電車を走らせることもその一環です。

企画電車をきっかけに、地元の人にも外部の人にも、もっと路面電車の良さを知ってもらい、減少傾向にある利用者の増加に繋げたい。おでんしゃにはそんな思いが込められています。最初の年22便だったおでんしゃの運行本数は、今年133便まで増えています

取材にあたっては、おでんしゃで宴会を行った名古屋の企業の方々と「とよはし市電を愛する会」の皆さんにご協力いただきました。
おでんしゃに同乗し、その暖かみと楽しさ、街中を行く路面電車の独特の風情を体感することができました。

昔懐かしい市電の音、お客さんの楽しい笑い声に、市民によって作られた「豊橋市電唱歌」も交えながら、愛され続ける路面電車の魅力を伝えます。

2012年1月 9日 (月)

今日も時計台の鐘がなる

北海道放送 伊藤 嘉章

今回の番組を通して、札幌市時計台が持つ本当の意味を少しでも知っていただき「がっかり」名所なんかじゃないことを理解いただければ幸いです。そうなれば吹雪の中の取材も報われます。

ちなみに時計台の「振り子」は立ち入りを禁止されている、下村さんしか入れない場所にあり、普段人の目に触れることも音を聴くこともできません。最初は取材許可が出なかったのですが、なんとか特別に許可をいただきました。

あの音を聴いていただけただけでも、今回取材した意味があると思います。でも実際の音は録音したモノとまた違った響きを持っています。

2012年1月 2日 (月)

受け継ぐ魂~紙芝居師2代目~

山梨放送 放送本部ラジオ制作部 若尾 佳那

街頭紙芝居師・小倉功(60)さん。
紙芝居は戦後、団塊の世代に楽しみと夢を与えてくれた小さな劇場でした。いまではそれを語り聴かせてくれるのは、山梨県内にたった一人しかいません。

実は、小倉さんは街頭紙芝居師の2代目。父親の定良さんは、昭和27年に行われた第1回紙芝居大会で優勝した紙芝居の名人で、88歳の米寿の誕生日までの66年間毎日街頭に立ち続けました。父親が亡くなってから、小倉さんはその意志を受け継ぎ、週末と祝日だけ、公園で紙芝居を始めました

父親の後を継いでまで紙芝居を続ける理由はどこにあるのか?
紙芝居の名人・父親についてはどう思っているのか?
子どもたちの反応は?
甲州弁にこだわるのはなぜ?

2011年11月に定年退職を迎え、新たな決意と共に2代目紙芝居師として生きる小倉さんの素顔に迫ります!

2011年12月26日 (月)

ほら貝は古代の携帯電話!? 英彦山に響く音色

RKB毎日放送 ラジオ編成制作部 寺井 到

日本3大修験山のひとつ、英彦山。古来からこの霊峰には
山伏の吹くほら貝の音色がこだましてきました。
そのほら貝の音に意味があることをご存知でしたか?

番組では神聖な場所に入るときや行列止まれの意味を持つ
音色をご紹介しながら、観光ガイドボランティアをきっかけに
ほら貝の神聖な音色に魅せられた男性を追いかけます。

2011年12月19日 (月)

だっせのおっちゃんは米寿の紙芝居師

ラジオ関西 報道制作部 国広 正夫

兵庫県明石市に住む深尾治郎さん88才が紙芝居を始めたのは、今から50年以上も前の30才代の頃で、娯楽の少なかった時代から子ども達を楽しませてきました。

深尾さんはそれ以前は行商の仕事をしていて「アサリだっせー(~ですよ)」などと声をかけていたことから「だっせのおっちゃん」と呼ばれるようになりました。

今では年令的に西隣の播磨町の図書館で、月に一度だけの出演となり、耳の遠くなった深尾さんへのインタビューは大変でしたが、「自分の紙芝居は拍子木でなく太鼓を使い、歌も披露するのが売り」と胸を張る深尾さんに”引退”の気持ちはないようです。

2011年12月12日 (月)

街と人をつなぐ発車メロディ

文化放送 報道スポーツセンター 関根 英生

駅の発車メロディを「ご当地ソング」に変更し、地域密着を図る取り組みは既にお馴染みとなった。

都心の巨大なベッドタウンである埼玉県所沢市でも、議会で所沢駅に新たなご当地発車メロディを導入しようという動きがある。所沢は都心へのアクセスが良く、澄むのに適した環境となっているが反面、新たに引っ越してきた人が多く、街の印象が内外に関わらず薄くなってしまっている。

どのような発車メロディを採用すれば、地元の人に定着するのか?
市民の声を聞き、所沢に相応しいメロディを導入することで、地元に対する愛着を増幅させるための取り組みを取材し、街に新たな風物誌が生まれる可能性を追う。

発車メロディの取り組みに関しては賛成の人が多いが、実際に流すとなると局をパッと思いつかない人がほとんどだった。
これから所沢という地域に定着するご当地ソングが現れてくることを願う。

2011年12月 5日 (月)

師匠は先生! 子ども寄席

信越放送 ラジオ局 編成制作部 西沢 修

日本人はもともと「笑い」を愛する国民であると、何かで読んだことがあります。それは滑稽本や風刺画などに見られる江戸文化にも結実していますが、落語もまた間違いなくその代表の1つでしょう(幸いこうした話芸はラジオとも大変相性の良いものです)。

そんな日本の伝統文化である落語を、赴任先の小学校で子どもに伝えている先生が長野市にいらっしゃいます。
アマチュア落語家・快楽亭狂志こと、中村雅則先生。(参考までに、教師である中村先生に“狂志”と命名されたのは快楽亭ブラックさん。過日逝去された立川談志師匠ともエピソードの深い噺家さんです)

個人的には、久しぶりに録音風物誌の制作を担当しました。
「あの街・この街の話題を…」という番組コンセプトを考えるたびに、「今の世の中に必要なもの・呼び起こしたい感情や聞いてほしい音は何だろうか…」とクギンするのですが、「2011年」は私たちの誰もが明るい前向きな気分に飢えたまま年末を迎えました。
 
そんなご時世だからこそ、今回の制作ローテーションを迎えて、「ここ長野の街に、落語を通じて子どもの感性を育み、地域に笑いをもたらしている1人の先生がいるのです!」ということを 皆さんにもお伝えしたいと思った次第です。

2011年11月28日 (月)

交響曲第九番 国内初演の地から歌い継がれる歓喜の歌~

四国放送 ラジオ編成制作部 新谷 雅彦

年末の風物詩として広く親しまれているベートーヴェンの第九交響曲。第九が日本で初めて演奏されたのは、1918年6月1日のことで、徳島県鳴門市の板東俘虜収容所で第一次世界大戦で捕虜となったドイツ兵により、全曲演奏されました。

この日を記念して鳴門市では、毎年6月に第九演奏会を行っています。ことしの演奏会は東日本大震災の発生を受けて、被災地の復興を願う思いを込めて歓喜の歌が熱唱されました。

日本の第九のふるさととして親しまれているなるとの第九演奏会には、毎年全国から多くの人が参加していて、様々な交流が生まれています。鳴門に来たことがきっかけとなって被災地に行くことになった群馬県の合唱団の女性の話を紹介します。

また2018年には第九の国内初演から100年を迎えます。
鳴門ではもうすでに100周年に向けた取り組みが始まっています。またドイツとの間では、合同演奏会の話が持ち上がっています。

NPO法人鳴門「第九」を歌う会が、第九の交流の担い手として積極的に活動する様子をお伝えします。

2011年11月21日 (月)

日之影町大人歌舞伎~農村歌舞伎が繋ぐ絆~

宮崎放送 ラジオ営業制作部 仮屋 幸一郎

宮崎県北部の山間の町・日之影町。
町のシンボル「青雲橋」から西に入った所に、大人と書いて”おおひと”と読む地区があります。
この地区に400年以上の歴史がある農村歌舞伎、県の無形民俗文化財に指定されている大人歌舞伎が、毎年秋に上演されています。

歌舞伎の衣装・小道具なども代々受け継がれており、専用の歌舞伎の館という舞台もありました。歌舞伎役者の口上が聞こえてくる~秋の風物詩でもあります。

夜に上演されるもので、虫の音も効果音的な役割をし、時間がゆっくりと流れる感覚も味わいました。また、今回、町を離れていた方が歌舞伎のお手伝いの為戻ってこられており、その方に故郷の思いなども伺えました。
 
また、客席には、50年程前に役者として舞われていた方も何人かいらっしゃり、時折、目を閉じられて、役者の口上に耳を傾けていらっしゃいました。また、小学生・中学生の姿も見られ、真剣な眼差しで、舞台を見ている子供もおり人が感覚や姿、想いなどで繋いでいく「伝承」というものが見た様な気がしました。

半世紀以上の歴史を持つ録音構成番組。全国の放送局がその土地ならではの風俗をそこでしか聞くことのできない音とともに紹介します。

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