ぬか床を守り続けて140年。4代目榮助さん
2013年12月16日~12月22日放送
和歌山放送 報道制作局報道制作部 花井歩高
【番組概要・制作意図】
紀伊半島の中ほど、和歌山県日高川町寒川(そうがわ)地区。
海沿いにある高速道のインターチェンジからは車でおよそ1時間かかる山に囲まれた地域です。集落の中心地で営業している「三尾屋」は創業明治元年。屋号の三尾は、太平洋に面した日高町三尾を指し、「アメリカ村」とよばれる移民の町でもあります。初代の榮助は長さ2メートルほどもある天秤棒をかつぎ、2~3日かけていくつもの山を越え、紀伊水道で水揚げされる塩サバなどの海産物や大阪からの小間物を運び、寒川からは椎茸やお茶を町に届けていました。
そんな寒川に店を構えて140年。4代目の福島榮助さん(84歳)の自宅居間にはその天秤棒が大切に保管されていて、今も店に出るときは棒をくぐりながら常に感謝の心を忘れないといいます。初代の妻が大阪・船場のまかない仕込みでこの漬物を覚え、以来、榮助漬けとして地元の人たちに親しまれてきました。ダイコンやキュウリ、ナス、ショウガにミョウガ・・・ぬか床の入った壺がずらり並ぶ倉庫には、ぬか床の甘酸っぱい香りが漂います。香ばしく煎ったぬかと塩、鷹の爪、ぬか床の中身は至ってシンプルですが、なんとも深い味わいです。ちなみに、ぬか床を「まぜる」というよりも、かめの端を上から「押さえつける」という表現がしっくり来ます。それだけぬか床がしっかりしているのです。
ふるさとの食についての著作も多い地元随筆家・梅田恵似子さんはおよそ30年前に取材に訪れた際、そのぬかを指にすくって口に運んで「うまい!」とひと言。それがきっかけに地元の人たちだけで食べられてきた榮助漬が県内外に知られるようになりました。4代目榮助さんが見せてくれた歴史年表には、三尾屋の歴史が詳しく記されていました。一日も休まず混ぜられてきたぬか床ととも大切な家族の記録で、この歴史は5代目に受け継がれています。
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